武力攻撃事態等法〜ここがこわい!〜      

日本が戦争するって本当です 「武力攻撃事態」って何のこと? 安保条約下日米軍が二人三脚
その時国民は…悪夢の再来 国民の自由と権利を抑える アメリカべったり外交の弱点
町長が町民を拘束する 日本中どこでも戦争訓練に 仕上げは国民の頭改造だ
一人で決めて始めて指揮する総理大臣 国民保護法制が追加 不審船もデロも戦争有事?!
一度作ってしまえば後から何とでも

第1条 この法律は、武力攻撃事態等(武力攻撃事態及び武力攻撃予測事態をいう。以下同じ。)への対処について、基本理念、国、地方公共団体等の責務、国民の協力その他の基本となる事項を定めることにより、武力攻撃事態等への対処のための態勢を整備し、併せて武力攻撃事態等への対処に関して必要となる法制の整備に関する事項を定め、もって我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に資することを目的とする。

  憲法違反の法案
 武力を放棄し「日本国憲法」には、戦争を想定した法令を作る条項はない。したがって、この法律の制定自体が憲法違反である。また、「戦闘状況」を想定した「…必要な自衛隊が実施する武力の行使、部隊等の展開その他の行動…」(「第2条第7項イ(1)」)の条文は、憲法9条により憲法違反となる。

憲法前文から
○日本国民は、…政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
○そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
○日本国民は、恒久の平和を念願し、…平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

第98条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

第2条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
一武力攻撃 我が国に対する外部からの武力攻撃をいう。
二武力攻撃事態 武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態をいう。
三武力攻撃予測事態 武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態をいう。

  概念の不透明さ

 原案では、「武力攻撃事態」という極めて曖昧な用語の使用によって、「事態」(戦争状態)の判断を無限に拡大していることが特徴であった。さらに、「事態」を「武力攻撃のおそれのある事態」と「武力攻撃が予測される事態」と言う二つの概念を使い、事態の判断の基準を一層曖昧にした。

   「事態」の概念は、情報の内容や操作等によってどのようにでも解釈される用語であり、法用語としては適さず、国会審議でも、この点については、政府見解自体が揺れていた。

 そのような原案の不明瞭さが指摘されて修正された経緯がある。原案での「武力攻撃のおそれのある場合」を新たに「武力攻撃が発生する明白な危機が切迫していると認められるに至った事態」と言い換えているが、不明瞭さにおいてはなんら変わらない。また、原案での「又は」以下を切り離して第3項として追加修正している。

  このことによって「武力攻撃事態等」法が発動される事態は、三つの概念によって構成されることになった。一つは「 武力攻撃が発生した事態」であり、二つ目が「武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態」で、三つ目が「武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」となる。

  曖昧さも総理大臣の判断次第

  概念が整理されて分かりやすくなったことは認めるが、内容は不変だから問題の本質は変わらない。すなわち、「武力攻撃事態」の後半と新たに設定された「武力攻撃予測事態」は、その条文が指摘するように、その「事態」とは、「認められる」かまたは「予測されるに至った」事態である。

 「認める」や「予測される」という概念は、判断の根拠の強弱には多少の隔たりはあるが、その判断を下す者によって異なるのは当然である。Aが「認めた」と判断してもBは「認めない」となる事態が生じる。また、同一人でも、それぞれの判断の誤差が生じるのも当然である。つまり、「武力攻撃事態と認められる」か「武力攻撃事態と予測されるに至った」かは、判断する者の主観が大きく関わってくることは明白である。

   その者の国家観、国際感覚、情報の質と量によって判断が下されるわけだが、「武力攻撃事態等」法案では、その判断が総理大臣に委ねられている(しかも国会承認は事後となる)わけだから、この「武力攻撃事態等」の判断によっては、自衛隊が「周辺事態法」に基づくアメリカ軍の軍事行動と連動して、他国での軍事行動及び軍事介入に及ぶ危険性は変わらないと言えよう。 


第2条第7項「対処措置」
イ 武力攻撃事態を終結させるために実施する次に掲げる措置
(1) 武力攻撃を排除するために必要な自衛隊が実施する武力の行使、部隊等の展開その他の行動
(2)(1)に掲げる自衛隊の行動及びアメ リカ合衆国の軍隊が実施する日本国とアメ リカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(以下「日米安保条約」という。)に従って武力攻撃を排除するために必要な行動が円滑かつ効果的に行われるために実施する物品、施設又は役務の提供その他の措置
第22条三アメリカ合衆国の軍隊が実施する日米安保条約に従って武力攻撃を排除するために必要な行動が円滑かつ効果的に実施されるための措置

  無限大のアメ リカとの共同軍事行動

 第2条第7項イ(1)に「武力攻撃を排除するために必要な自衛隊が実施する武力の行使」は、という条文は前述した憲法違反と考えられる条文である。
 さらに、同条同項イ(2)では、日米安保条約に基づく「アメリカ合衆国の軍隊が実施する武力攻撃を排除するために必要な行動」は武力行動そのものであることを認識すべきである。そのための「物品、施設又は役務の提供その他の措置」となっていて、軍事行動は隠されているが、自衛隊の「武力の行使」とアメリカ軍の「必要な行動」が軍事行動の二人三脚となることは明白である。
 また、別の状況もあり得る。アメリカ軍の軍事行動に連動する形で自衛隊が軍事行動をとることである。つまり、「安保条約」と「周辺事態法」、「武力攻撃事態等法」の解釈が互いに重なり合って「武力攻撃事態等」の状況を生み出す軍事行動である。

   これらのいずれの場合でも、「集団自衛権」の発動となりこの点からも憲法違反の法規定といわざるを得ない。アメリカ軍との共同行動については、「アメリカ軍支援法」その他の項で詳しく触れる。
                                                                            参照「アメリカ軍支援法」「物品役務協定


第2条第7項「対抗措置」
ロ 武力攻撃から国民の生命、身体及び財産を保護するため、又は武力攻撃が国民生活及び国民経済に影響を及ぼす場合において当該影響が最小となるようにするために実施する次に揚げる措置
(1)警報の発令、避難の指示、被災者の救助、施設及び設備の応急の復旧その他の措置
(2)生活関連物資等の価格安定、配分その他の措置
(関連)第22条第1項 次に掲げる措置その他の武力攻撃から国民の生命、身体及び財産を保護するため、又は武力攻撃が国民生活及び国民経済に影響を及ぼす場合において当該影響が最小となるようにするための措置
イ警報の発令、避難の指示、被災者の救助、消防等に関する措置
ロ施設及び設備の応急の復旧に関する措置
ハ保健衛生の確保及び社会秩序の維持に関する措置
ニ輸送及び通信に関する措置
ホ国民の生活の安定に関する措置
ヘ被害の復旧に関する措置

  再び戦争準備訓練の復活

 この条文の真意は他にある。条文の実際の運用を想定してみよう。
(1)について…まず「警報の発令」にはマスコミを使うことがまず前提である。次に「避難の指示」は、行政の最小単位である区または字の長及び警察、消防等が動員される。そして、「被災者の救助」には、都道府県及び市町村、自衛隊、消防、その他の機関(たとえば災害対策基本法による指定公共機関)等が、「施設及び施設の応急の復旧」には、地方公共団体及び土木建設関連、電気ガス通信関連の民間企業、自衛隊、指定公共機関等がそれぞれ動員される。

 さて、関連条項(第22条1項)でも明らかにように、条文どおり「影響が最小」となるためには、これらの条項の事項についての日常的な訓練が必要となる。つまり、マスコミは「警報発令」の訓練を、市町村では区及び字単位で避難訓練が実施される。もちろん学校や職場でも実施されることは十分に予想される。また、市町村及び消防団、指定公共機関、その他ボランティア団体では自衛隊の指導のもとに救助訓練が実施されるし、市町村や民間企業では復旧訓練を実施する。
                                                                                              参照「国民保護法」

   すでに想像されるとおり、去る大戦時に行われた「訓練」と同様の情景が浮かんでくる。現在学校教育の改革の一つに「奉仕活動」の義務化が設定されようとしている。そのことも、「武力攻撃事態法」とは無縁ではなくなってくる。実際に沖縄戦では、奉仕活動が授業として位置づけられ、強制的に日本軍の陣地構築や飛行場建設に動員されていた。そして次第に学徒勤労動員、戦場動員へと強化されていったのである。

  一方では、「教育基本法」の改正論議の一つの柱として「地域の教育力向上」という観点から「大人の地域づくりへの参画の促進」「地域における奉仕活動」等が論議されている。これは、社会教育面からの地域での連帯感や家庭教育の強化の一貫として行われるが、行政の立場からの施策としてとらえると、「教育隣組的な組織」への展開として決して無縁だとは言えない。

   (2)について…「生活関連物資等の価格安定、配分」は、生活必需品の価格統制と配給制度復活を意味する。価格統制は公定価格の復活を意味し、配給制度は供出制度と表裏一体である。     
                                                                                                        参照「国民保護法

   この条文は、「武力攻撃から国民の生命、身体及び財産を保護するため」という目的によって規定されているが、それは文言上の飾りでしかない。なぜなら、戦争行為に入った軍隊は、決して国民を守れない。事実沖縄戦においても、当初は公定価格による供出だったが、まもなく配給はなくなり、公定価格も無視され無償供出のみが強制されていった。そして最終的には強奪という段階までエスカレートしていったのである。
                                                                                                        参照「証言が語る供出」

  そして、(1)や(2)において、「その他の措置」という内容についてはその都度の方針化の中で具体化されるものだが、どのような内容が具体化されるかは不明である。そのことは状況によってはどんな内容でもつめられることを意味する。「国民保護法」にも「生活関連物資等の価格の安定等のための措置その他の国民生活の安定に関する措置」としか記述されていない。権力のすべてがそうであるように、ある法制を成立させれば、その運用の中で常に拡大、強化していくことを再確認したい。 

憲法前文から
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


第3条 第4項 武力攻撃事態等への対処においては、日本国憲法の保障する国民の自由と権利が尊重されなければならず、これに制限が加えられる場合にあっても、その制限は当該武力攻撃事態等に対処するため必要最小限のものに限られ、かつ、公正かつ適正な手続の下に行われなければならない。この場合において、日本国憲法第14条、第18条、第19条、第21条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。

  国民の自由と権利を抑え

  第4項の表現は、政治権力が国民の権利を蹂躪するときの「常套表現」である。前提と但し書きが常に逆転して運用される。この場合でも、「国民の自由と権利が尊重」が主体ではなく、「国民の自由と権利の制限」をするための担保としての但し書きでしかない。「必要最小限」とか「公正な手続き」という枠をはめているが、かつて、法制におけるこのような枠が守られたことはない。戦前の「帝国憲法」下の、たとえば「国民徴用令」でさえこのよう枠をはめる規定はあったが、運用の段階では権力、武力が先行した。なお、詳しいことは「国民保護法」の項でのべる。

参考「国民徴用令」(昭14年勅令)
第9条 地方長官は、徴用される者の居住地、就業地、職業、技能程度、身体の状態、家庭状況、希望などに配慮し、徴用が適切か否か、従事する総動員業務や職業、場所を決定し徴用書を発すること。

                                                                参照「沖縄戦と法制」

第3条 6項 武力攻撃事態等への対処においては、日米安保条約に基づいてアメリカ合衆国と緊密に協力しつつ、国際連合を始めとする国際社会の理解及び協調的行動が得られるようにしなければならない。

  思考停止の米べったり外交

  第6項の条文には、現在の日本政府の基本的姿勢が明白に表れている。国際連合を中心とした国際理解よりも、アメリカとの緊密な連携が優先されている。自国にとって不都合な条約等や国際的信義を無視している軍事大国アメリカと緊密に連携しつつ、どうして国際社会の理解を得ることができようか。「安保条約」を機軸とした「周辺事態法」(1999年)「テロ特措法」(2001年)と続くアメリカへの軍事的従属や「思いやり予算」等に見られる経済的従属、さらには「安保条約」に基づく「地位協定」に見られる政治的従属の日本政府の基本理念としては、さもありなんという条項ではある。

 それほどまでにしても「有事法制」を(早く)成立させようとした政府の意図は何かを理解することは重要である。現在進攻中の国際状況の構図(米英による国連無視のイラク攻撃とそれを無条件で承認している小泉政権)でも明らかなように、自公政権は、自らの国家の理念もなく、ひたすらアメリカべったりの「思考停止」外交しかない。そのためには、常にアメリカと連動した国際社会での「位置」しか眼中にないとも言えよう。その「位置」を確保するためには、今回のアメリカのイラク攻撃のような国連無視の戦争にも積極的に賛同し支援していくのである。

 近い将来身近に迫っているのは、「北朝鮮」へのアメリカの武力干渉が挙げられる。その時までに、自衛隊を参戦させる法制を完成させる必要がある。そのように考えるとつじつまが合うし、急ぐ法案審議に対しても最も合理的な筋道と言えよう。 

憲法前文から
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

第5条 地方公共団体は、当該地方公共団体の地域並びに当該地方公共団体の住民の生命、身体及び財産を保護する使命を有することにかんがみ、国及び他の地方公共団体その他の機関と相互に協力し、武力攻撃事態等への対処に関し、必要な措置を実施する責務を有する。
第7条 武力攻撃事態等への対処の性格にかんがみ、国においては武力攻撃事態等への対処に関する主要な役割を担い、地方公共団体においては武力攻撃事態等における当該地方公共団体の住民の生命、身体及び財産の保護に関して、国の方針に基づく措置の実施その他適切な役割を担うことを基本とするものとする。

  これはまるで「国家総動員法」

  第5条の条文を実際に運用させるとどうなるのか、この法律を具体化した「自衛隊法改正案」の条項でみることにする。

   自衛隊法第103条によって、地方公共団体(都道府県知事を例にとる)の長は「…必要な措置を実施する責務を」果たすために次の命令を出さなければならなくなる。
@病院、診療所、その他の施設を管理する
A土地、家屋、物資を使用する(土地の使用には立木等を移転または処分したり、家屋の使用には家屋の形状を変更できる)
B物資の生産、集荷、販売、配給、保管、輸送を業とする者にその物資の保管を命じる
C医務、土木建築工事、輸送を業とする者を自衛隊の出動業務に従事させる
                                                 参照「自衛隊法改正 雑則」

  この内容は「国民保護法」にも登場し、「罰則」規定もついている。はたしてこのような命令が国民の生命、身体、財産の保護といえるだろうか。「大の虫を助けるために小の虫を殺す」と同じである。つまり、これは自衛隊の軍事行動を支援するための命令であって、軍隊が国民を守らないどころか、国民を犠牲にするという一端を覗かせている。つまり、「公共の福祉」(大の虫の命)に名を借りた国民の生命、身体、財産権の侵害としか言いようがない。
                                                                   参照「国民保護法」

  なお、政治権力が国民の自由や権利を制限するときに使うのが「公共の福祉」という言葉だが、「公共の福祉」については、憲法に三つの規定がある。その規定は次のように主権者である国民側から主体的に責任を果たす視点と、政府から保護されるという視点をもっている。しかし、「武力攻撃事態等法」では全く逆の視点(つまり、権力による剥奪)にたって「公共の福祉」を捉えていることに注意する必要がある。そもそも「戦争協力」が「公共の福祉」となり得るのか、根本的な問題である。
                                                                  参照「国家総動員法」

憲法から
第12条 自由及び権利は、…公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。(編者註・国民自らの意思によるもの) 
第13条 生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。(編者註・政府の拘束からのの保護)
第29条 財産権は、これを侵してはならない。
2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
(編者註・政府の拘束からのの保護)

第6条 指定公共機関は、国及び地方公共団体その他の機関と相互に協力し、武力攻撃事態等への対処に関し、その業務について、必要な措置を実施する責務を有する。

  国家総動員への一里塚か

 全体は明らかになっていないが、指定公共機関の一部に、日本銀行、日本放送協会、NTT、日本赤十字社等が上がっている。政令等で指定されると思われる指定公共機関は、「災害対策基本法」にそのヒントがある。「災害対策基本法」にも同様な「指定公共機関」として六十以上の公共機関が指定されて実際に運用している。

   これらの機関は「防災対策計画」(「国民保護法」では「国民の保護に関する業務計画」となる)を作成し、武力攻撃災害発生時の対策について日常的に「訓練?」することが義務づけられる。これらの公共機関を政府が一体として統括し、戦争法に組み込もうとしているのが、今回の「武力攻撃事態等法」である。しかも、災害と戦争ではその規模において格段の相違があり、指定公共機関の数ももっと増えることが予想される。

   「生産、修理、配給、輸出、輸入、保管、運輸、通信、金融、衛生、家畜衛生、救護、教育、訓練、試験研究、情報、啓発宣伝、警備、国家総動員業務に必要な機関」(「国家総動員法第3条)は、戦前の「国家総動員法」で指定された機関であるが、そのまま「武力攻撃事態等法」に重ねてもおかしくない。もっとも六十年以上も前の社会状況に比べ複雑化した現代社会では電子機器関連等も加わり、もっと多岐に及ぶことは十分に考えられることである。
 いずれにしても、これらの指定公共機関が日常的に「武力攻撃事態」を想定した訓練活動を遂行していくことが、社会全体にどのような影響を与えるのか、背筋が寒くなる思いである。

   現在運用されている「指定公共機関」の活動は、災害から国民の生命、財産を守るためのものである。同様な活動が国民の生命、財産を危機に陥れる戦争行為のために行われるのだから、もはや暗黒への第一歩である。もっとも条文は「国民の生命と財産を守るために」という文言がつくが、戦争行為では軍隊は国民を守らない、と同様指定公共機関も戦争遂行の為に狂奔せざるを得ないのである。

憲法から
第11条 この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

第8条 国民は、国及び国民の安全を確保することの重要性にかんがみ、指定行政機関、地方公共団体又は指定公共機関が対処措置を実施する際は、必要な協力をするよう努めるものとする。
第21条5 政府は、事態対処法制の整備に当たっては、武力攻撃事態等への対処において国民の協力が得られるよう必要な措置を講ずるものとする。この場合においては、国民が協力をしたことにより受けた損失に関し、必要な財政上の措置を併せて講ずるものとする。
6 政府は、事態対処法制について国民の理解を得るために適切な措置を講ずるものとする。

  思想信条の自由が奪われる
 これまで述べてきたことからして、この条項の前半については、そのいずれもが一方的に戦争行為への準備と強権の発動であったことが明白になっている。これに加えて国民を組み込むのがこの条文の最終目標である。

 「必要な協力をするよう努める」こととして、「努力事項」となっている。政府答弁でもそのことを強調しているが、権力による法制の運用はそのような甘いものではない。権力は、一度成立した法を改正の繰り返しによって「…努めるものとする」から「…しなければならない」へ変身させるのはお手の物である。つまり条文は、文言を改正し強化していく側面があることを念頭におく必要がある。もっとも、そのようにしか記述できないのはもちろん「憲法」で基本的人権が保障されているからである。詳しいことは「国民保護法」の項で述べる。
                                                                                                参照「国民保護法」

  もう一方の側面は、第21条第5項でも規定されているように、その運用が有効に機能するために、その具体化のための政令や施策に反映していくことである。つまり、国民の意識変革へ向けての政府による宣伝・教育等である。この項目について「国民保護法」では明確に「政府は…啓発する」となっている。
                                                                                                   参照「国民保護法」

  宣伝は新聞、ラジオ、テレビ、インターネット等を使って、教育は学校教育を学校で、社会教育を地方公共団体でというように、国民が「武力攻撃事態等の発動」に積極的に協力するよう取り組むことである。ここにも戦前の「国家総動員法」から「国民精神総動員」へ跨がる方向が見え隠れしていて、憲法で保障された「思想信条の自由」が蹂躪される危険性を内在している。

憲法から
第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。 

第9条 政府は、武力攻撃事態等に至ったときは、武力攻撃事態等への対処に関する基本的な方針(以下「対処基本方針」という。)を定めるものとする。
2 対処基本方針に定める事項は、次のとおりとする。
一武力攻撃事態であること又は武力攻撃予測事態であることの認定及び当該認定の前提となった事実
二当該武力攻撃事態等への対処に関する全般的な方針
三対処措置に関する重要事項
第14条 対策本部長は、指定行政機関の長、指定地方行政機関の長、指定行政機関の職員、指定地方行政機関の職員、地方公共団体の長、その他の執行機関、指定公共機関に対し、…対処措置に関する総合調整を行うことができる。
第15条 内閣総理大臣は、…前条第1項の総合調整に基づく所要の対処措置が実施されないときは、…関係する地方公共団体の長等に対し、対処措置を実施すべきことを指示することができる。
2 内閣総理大臣は、次に掲げる場合、…自ら又は事務を所掌する大臣を指揮し、地方公共団体又は指定公共機関が実施すべき対処措置を実施し、又は実施させることができる。
一前項の指示に基づく所要の対処措置が実施されないとき。
二国民の生命、身体若しくは財産の保護又は武力攻撃の排除に支障があり、…事態に照らし緊急を要すると認めるとき。
関連@「安全保障会議設置法」
第2条 内閣総理大臣は、次の事項については、会議に諮らなければならない。
4 武力攻撃事態への対処に関する基本的な方針
5 内閣総理大臣が必要と認める武力攻撃事態への対処に関する重要事項
第4条 議長は、内閣総理大臣をもつて充てる。
関連A「自衛隊法」
第7条 内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する。 

  全権が総理大臣に

 「武力攻撃事態等法」と「改正安全保障会議設置法」、「改正自衛隊法」の三法を並べると、総理大臣が「武力攻撃事態」に対してすべての権限をもっていることがわかる。しかも、最終的には「伝家の宝刀」(指揮権の発動)か抜けるようになっている。このような条文は有事法制全般の各種法律の特徴となっている。

  「武力攻撃事態」を認定をするのは、総理大臣を長とする内閣であり、認定後、「武力攻撃事態」に対する基本方針や重要事項については「安全保障会議」に諮られなければならない。この安全保障会議の議長も総理大臣である。そこで具体化された基本方針や重要事項は運用の段階にはいるが、政府の中心はもちろん総理大臣である。さらに直接軍事行動をとる自衛隊の最高の指揮監督権も総理大臣がもっている。

  すなわち、「武力攻撃事態等」を認定し、その対処方針を作成し、実行運用し、軍事力を発動する、これら一連の軍事作戦の全権が総理大臣に集中することになっているわけである。さらに、「国民保護法」にうたわれている「国民の保護のための基本指針」を作成する「対策本部」の本部長も内閣総理大臣があたる。

憲法から
第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

第24条 事態対処法制のうち第22条第1号に規定する措置に係る法制(「国民の保護のための法制」という。)に関し広く国民の意見を求め、その整備を迅速かつ集中的に推進するため、内閣に、国民保護法制整備本部(「整備本部」)を置く。
2 整備本部は、次に掲げる事務をつかさどる。
一 国民の保護のための法制の整備に関する総合調整に関すること。
二 国民の保護のための法制の整備のために必要な法律案及び政令案の立案に関すること。
三 国民の保護のための法制の整備に関する地方公共団体その他の関係団体及び関係機関との連絡調整に関すること。

  「国民保護法制」が追加 
 「有事法制」(原案)は、「武力攻撃事態等法」「改正自衛隊法」「改正安全保障設置法」であった。当初、2年以内で整備するとしていたが、「有事法制」が国民の権利を侵害するのではないかという、圧倒的多数の世論に押されてその内容を示したのが今回の「国民保護法制」の追加条項である。ところで、この条項の根拠となる第22条第1号は次のようになっている。

1 次に掲げる措置その他の武力攻撃から国民の生命、身体及び財産を保護するため、又は武力攻撃が国民生活及び国民経済に影響を及ぼす場合において当該影響が最小となるようにするための措置
イ警報の発令、避難の指示、被災者の救助、消防等に関する措置
ロ施設及び設備の応急の復旧に関する措置
ハ保健衛生の確保及び社会秩序の維持に関する措置
ニ輸送及び通信に関する措置
ホ国民の生活の安定に関する措置
ヘ被害の復旧に関する措置

 条文上、「国民の生命、身体及び財産を保護するため」等となっているこの条文が、法の発動段階でどう現実化するのかについては、「国民保護法」の項で触れることにする。
                                                                               参照「国民保護法」


第25条政府は、我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保を図るため、武力攻撃事態等以外の国及び国民の安全に重大な影響を及ぼす緊急事態に迅速かつ的確に対処するものとする。
2 政府は、前項の目的を達成するため、武装した不審船の出現、大規模なテロリズムの発生等の我が国を取り巻く諸情勢の変化を踏まえ、次に掲げる措置その他の必要な施策を速やかに講ずるものとする。
一情報の集約並びに事態の分析及び評価を行うための態勢の充実
二各種の事態に応じた対処方針の策定の準備
三警察、海上保安庁等と自衛隊の連携の強化

  「不審船」も「テロ」も戦争有事?!

 「不審船」と「テロ」を有事法制にリンクした追加条項である。2002年の東シナ海の「不審船」問題や北朝鮮の拉致事件問題、そして、2001年9月11日のアメリカでのテロ事件等に対する国民の不安感を増大させながら戦争を前提とした「有事法制」に絡めているのが特徴である。

   政府自体が、戦争を前提とした国家間の紛争の危険性は「少ない」としながら、これらの最近の国際的不安に乗じて「有事法制」の理由づけを狙っていることは明白である。それは、(原案)の段階で、「有事法制」の根拠を国民世論によって失いつつあっただけに、特に北朝鮮との平和外交を棚に上げたやり方によって「有事法制」の動機付けにしようとしていることはあまりにも安直で政府のアメリカ外交一本槍の貧弱さは否定できない。

  しかも、当初政府は、これら「テロ」や「不審船」問題は「有事法制」とはリンクしない、と表明していただけに、「有事法制」(原案)に対する国民世論がよほど気になったと思われるが、事柄の本質からすれば、この条文は「有事法制」の中で唐突の感を免れない。


第23条 政府は、事態対処法制の整備を総合的、計画的かつ速やかに実施しなければならない。

※以下の解説は、原案段階での考察だったので、法案が国会を通ってしまった今、あまり意味がない。しかし、法案の段階での制作者の思いとして、今後も己に立ち戻るために残しておきたい。

  暴走を止めるのは国民の声

   「武力攻撃事態法」についてのさまざまな危険性を指摘してきたが、もちろん今回の法案がすべてではない。国会審議をとおして政府見解の不統一性、総理大臣と国務大臣の見解の不統一性も指摘されている。このように法案としても不備が指摘されているにも関わらず早急な審議に上程しているにはわけがある。

  一つ目は、現在の国会における与党の絶対多数の状況が生み出す多数派国会である。つまり、多数派を握っている時にあらゆる悪法を成立させておこうとする党利党略の思惑がある。「周辺事態法」、「国旗・国歌法」、「盗聴法」、「テロ特措法」、「個人情報保護法」等の国会通過をみてもそれがわかる。それはとりもなおさず、法制は成立よりも改正が容易である、という原則がまかり通っているわけである。

  二つ目は、アメ リカとの関係である。ブッシュ大統領は大規模テロ以後の報復戦争によって勢いづき、世界のテロ撲滅を大義名分にして、自らの世界戦略にのって、軍事大国アメ リカを謳歌している。

    かれはまた、自衛隊をアメ リカ軍と共に世界制覇を担う軍隊として脱皮させたがっている。その片棒を担ぎたくて急いでいるのが小泉総理大臣である。何がなんでも形だけでも見せておきたい。そんな思いがありありの「武力攻撃事態法」である。

  日本にとって仮想敵となる存在はない、と公言しながらもこの法案を提出した小泉内閣は、日本をアメ リカ軍の一翼を担う「戦争ができる国」にしようとしている。

  その目的を達成するために、これから二カ年かけて、細部にわたって「武力攻撃事態法」の整備がなされることになる。もちろん、我々国民が黙っていたら、の場合だが、国民が黙っているわけがない。

    国民の沈黙が権力を暴走させる。独裁者といわれたヒットラーも法制をうまく利用した。しかし、彼を引き合いに出すまでもなく、日本にも過去の歴史にいくらでも教訓は残されている。

憲法から
第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

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