[参考]総合的学習の概要

総合的学習の目標 総合的学習の要素 総合的学習の展開
総合的学習の基礎能力 教師の支援態勢 教師の支援内容
総合的学習の範囲 総合的学習のステップ ステップ1
スッテプ2 ステップ3 ステップ4
総合的学習の評価 総合的学習の援助者

                    
一 総合的学習の内容

1 総合的学習は何をめざすのか

(1)問題を解決する能力 

@ 自ら課題を見つけ解決する能力
 自ら課題を見つけ、自らその課題を解決していく能力は、人間の成長発達において自然に備わっていくものではない。これまでの日本の学校教育の方法論の根底には この誤った成長発達論が流れていた。これは一種の錯覚がある。

 課題を見つけることと課題を解決することは本質的には表裏一体の関係にある。つまり、他から与えられた課題を自ら解決するだけでは、真の課題解決能力とはなりえない。場合によっては課題を解決する能力よりも課題を発見する能力の方が重要だともいえる。総合的学習の必要性の最たる理由がここにある。学校教育の全てにわたって存在していたこの隘路を断ち切らなければ、総合的学習の真の発展はあり得ない。

 しかし、いきなり課題を見つけなさい、と言ったって生徒は戸惑うだけである。課題を見つけることは、自らを取り巻くさまざまな環境に主体的に働きかけていなければ成立しない。つまり、ものごとに対する興味関心の度合いによるのである。この興味関心を如何に生徒の感性として育てていくのか、人間の成長発達の根幹に触れるところである。 

A 主体的に判断する能力
 総合的学習の基盤を支える能力である。課題を発見し、その課題を解決するために は主体的な判断力(初めはあいまいで未熟であっても)が備わっていなければならない。つまり、課題や課題解決の方法を決定したり、課題の解決の一つ一つの段階では常に判断していくことが要求される。その活動がなければ展開は進まない。

 しかし、その判断は常に正しくあらねばならない、というものではない。間違った判断に伴う学習の展開であっても、それはそれなりに生徒にとっての学習そのものである、という捉え方をしなければならない。「試行錯誤」や「失敗から学ぶ」ということは人間の成長発達にとっての大切な要素ともいえよう。主体的に判断したことに対しては、学習者はその意欲を削がれることはない。それは次への学習意欲のエネルギーとなってより正しい判断力の源となるからである。これまでの日本の学校教育では、この判断することさえも教師やまわりの大人がしてきたのである。子どもは過ちを繰り返して成長することを教師及びまわりの大人が認めることが前提となる。

B 自ら学ぶ能力(資質)
 活動の能力としての@とAに対して、これは生徒の資質としての能力である。自ら学ぶ能力は、活動の能力に対して抽象的・人格的な分野に入る。すなわち、生徒一人ひとりの人間性の中に位置づけられる側面をもっている。

 たとえば、中学一年生を担当した時、ある生徒はすでにこの資質を身につけているものもいるが、またある生徒はこの資質が備わっていないという場合が多々見られる。 
 そして、その実態にあまりに格差があるために、これまでの学校教育ではしばしばこの資質を先天的なものとして見る誤解が存在していた。

 このことは、自ら学ぶことがある生徒の人格の一部として培われてきたことから発する誤解であった。裏を返さば、「自ら学ぶ能力」をつけるために長い年月が必要であることを意味している。特にこれまでの日本の学校教育の方法において、先述した誤解等によりこの資質を養成することが重要視されてこなかった。その意味では総合的学習の重要な改革の一つともいえよう。

 本来人間は、学ぶことに喜びをもつ、という前提に立つ。その喜びを忘れた生徒がいたとしても、それは過去における学習(広い意味での)の結果であって、その学習過程において間違った方法が行われたと見るべきである。したがって、「楽しい学習」は総合的学習の特徴の一つになる。もちろん「楽しい」には種々雑多の内容があるが、生徒の発達段階に即した「楽しさ」を創出することである。

C 自ら考える能力(資質)
    「自ら学ぶ能力」とともに資質としての能力である。「自ら考える」ということは人間として当然のことのように受け止められている面が強いが、「考える」こと自体をいやがる生徒がいることも事実である。これは生徒のみならず成人者のなかにも存在することは否定できない。

  そしてこのことも、上記の「自ら学ぶ能力」と同様に先天的なものとして生徒の人格の中に押し込めてきた経緯が学校教育のなかにはあった。一般的には、教師の与えた課題を教師の与えた枠内での解決をめざして考えさせるという活動は存在したが、それは「自ら考える能力」の養成にはつながらない。なぜなら、自ら考えることの根底には自ら抱え込んだ課題に対しての解決という意欲が前提となっているからである。

 自ら学び、自ら考える能力は、すべての人間にとっての大切な精神活動の一つである。そのことからして、人間が成長発達していく力そのものだということもできる。

  しかし、学習の方法によってすべての生徒に「自ら考える能力」をつけさせることは、学校教育の期間のみでは可能ではない。Bと同様に息の長いスタンスが必要となる。

(2)仕方などを学ぶ能力 
 総合的学習の展開にとって必要な方法上の能力ということができる。養成される能力が違えばその方法も異なってくる。自ら課題を発見し解決するためには、自ら学び考える資質が備わっていなければならない。その上で、実際の課題の解決に向けて活動が展開されるわけであるが、その活動能力が以下に示すものとなる。

@ 情報収集の方法  
 課題を解決するためには解決するための材料(情報)が必要となる。この材料(情報)を収集する能力のことである。

 これまでの学校教育では、大方一方的に教師の提供する情報によって学習活動を展開してきた。しかし、総合的学習においては、自らこの情報を収集をしなければならない。その方法論における能力の養成が必要となるのである。そして、この能力のなかには単に情報を集めてくる能力のみならず、情報の内容やそのありかを知ることも含まれる。つまり、どのような情報がどこにあるのか、そして、どう手に入れるのかについての能力のことである。それらは自ら行動しなければ成立しないのであるから、つまり行動力が問われることになる。この行動力は以下においても同様である。

 A 調査の方法
 情報には、行って取ってくるものもあるが、それは最も単純な情報収集の方法である。しかし、情報は必ずしも、行って取ってくるだけで収集できるとは限らない。もう一つの収集方法が調査である。調査には観察や実験等も含まれし、さらに観察や実験の内容においてもいくつもの段階が存在する。

 ところで、調査そのものには必要とする情報が存在するわけではない。情報を内包する対象を観察したり、実験したりして情報の内容を入手する。その場合、自ら情報の内包する対象を決定したり、観察や実験の方法を決定したりしなければならない。したがって、必要な情報が内包する対象の把握や実験の内容についての知識も必要となる。さらに、そのための新たな情報の入手も必要になる。

 以上のことから付言すると、情報の収集において、「インターネット」による情報の収集は最も簡単な情報の入手方法ということができる。しかし、最も簡単な方法による情報の入手に偏ってしまうと、肝心な生徒の情報の収集能力や科学的分野との関わりをもつ調査活動の能力は育たなくなる危険性がある。「便利さ」の追求が日本の社会を狂わしてしまったことを再認識することが要請されている。

B 整理の方法(分類・分析・抽象化) 
    @とAによって入手した情報(材料)を並べただけでは、自らの課題を解決できることにはならない。情報は、課題解決に直接及び間接的に関わるものや解決の方法に関わるもの、そして、解決のヒントに関わるものなど多種多様である。それらの情報を整理するために行われるのが、「分類・系統づけ」「分析・具体化」「総合・統合・抽象化」等の活動である。これらはすべて人間の認識力に関わることで、単純から複雑化へ、容易から難解へ、低いレベルから高いレベルへの過程をたどる。詳細は後述する。

C 報告・発表・討論(表現力)
 以上述べたことによって、自ら課題を発見し解決するために情報を入手し、整理された情報によって課題が解決されることになる。ここまでは、一人一人の生徒の学習活動(形式的にはグループ活動であってもそれは本質的には一人一人の生徒の活動と しての位置づけでなければならない)であった。学習の過程としてはここで終了するが、人間の成長発達の視点から見ればここで終了させず次の展開を設定すべきである。

 人間が社会的存在である限り、人間社会の中での活動が重要視されなければならない。また、人間は人間社会の中で一層の成長発達を遂げることを踏まえれば、他との関係にある学習活動(この場合では「表現力」)は不可欠である。自ら展開してきた学習の成果をまわりの人々に伝達し、その結果について討論したりすることは、人間の成長発達にとって不可欠である。

 総合的学習では、この能力の養成についても重要視する。ある意味ではこのことをもって総合的学習の体系が整うことになるのである。したがって、一人一人の学習活動が終了した時点で学習活動を停止することは、総合的学習の大切な要素を欠くことになり、他の条件等によって疎かにしてはならない。

(3)取り組む態度〜主体的、創造的な探求活動態度
 以上は主として総合的学習を進めるために必要な能力について述べた。その中でも行動について若干触れた部分もあったが、人間は知的能力だけによって活動を展開するとはかぎらない。一人一人の生徒の行動力によってその能力の発揮に格差が生じることはよくあることである。

 これまでの学校教育における教師主導の学習活動では、生徒の行動力が問題となる場面はあまりなかった。教科学習面においては、生徒は椅子に座して主として頭と口と耳と手を使って学習活動をしていた。しかし、上述したように学習活動の範囲が学外まで及んだ時、また、学習対象が教科書やその類の範囲を越えた時、学習活動そのものが行動的にならざるを得なくなった。しかも、教師や他の生徒の指示によっての行動では、上記で述べた能力の養成にはつながらないから、行動は主体的でなければならず、しかも探求的でなければならなくなる。

 自ら課題を発見し、自ら解決しようとする生徒にとって、行動が主体的・探求的であることはかなり必然性をもっているようにも思えるが、かならずしもそうはならない。

 たとえば、自分の殻にこもったままの生徒にとってはこの活動の展開は望めない。このような生徒に対しては、まわりとの人間関係を構築すること、つまり、自らの殻を壊していくことが主体的創造的な行動力へ繋がっていくことに気づかせることである。もち ろん教師とまわりの大人のこの生徒への支援が必要になる。

 心身ともに健康であるという極めて常識的な前提に加えて、意欲に裏打ちされた行動力はすべての生徒につけてやりたいものである。

(4)自己の生き方について自覚を高める
 これまでの日本の学校教育においては、学習の結果がどのように一人一人の人間にとってどれだけ生きる糧としてきたかを検証してこなかった。それどころか、生徒の一人一人が自分の学習の成果を関連づける場面というのは、そのほとんどが受験体制のなかでの関連づけでしかなかったのが実態である。つまり、日本の学校教育は、いまや進学及び就職のための準備の場となっているのである。

 学校教育のなかで学ぶということが、人間が生きるということとどう結びつくのか、について真剣に捉えられなければならない。「学ぶことが生きること」であるも、「生きることが学ぶこと」も同じ比重をもって、人間の一生と深く関わっているはずである。また、一人の人間のみならず、民族とか人類という範疇で捉えた時でもそのことはいえるであろう。人間が人間であることの一つの証としての「学ぶ」であってほしい。そういう根本的なところで日本の学校教育を見直していくことも、総合的学習の内容の重要 な一つの柱となっていることに注目したい。

2 総合的学習の構成要素

(1)課題の要素                     
 @ 横断的・総合的な課題 ──────┐
 A 生徒の興味・関心にもとづく課題 ──┤ 地域や学校の実態と創意工夫にもと 
   B 地域や学校の特色に応じた課題 ──┤ づき統合化
 C 我が国や人類全体に関する課題 ──┘

(2)学習活動の要素           
 @ 自然体験活動…川上り探検隊、海の生物探索など
   A 社会体験活動…会社一週間体験、一日百姓さんなど
 B 観察・実験活動…蝶々の一生、環境汚染など
 C 見学・調査活動…平和資料館見学、私が食べているものなど 
   D 制作・生産活動…日本の食品、お母さんのお仕事など
 E 発表・討論活動…上記の総合評価・伝達活動として 

3 総合的学習の展開構造


(注)○(学習形態)◎(学習方法)△(学習領域)◇(場所)□(時間)▽(指導・援助者)を示す。

二 総合的学習実践の基盤

1 基礎的学習能力に関する内容
(1) 学習方法の獲得…調査力、計算力、読解力、メモをとる、聞き取る、発表する等 (2) 施設・設備の利用法…図書館、博物館、資料館等
(3) 機器活用法…パソコン操作法、インターネット活用法、カメラ、OHP等
(4) 社会生活の態度…電話の応対、聞き書きの方法、訪問のマナー等 (5) 交通機関…活用と利用方法
(6) 危機管理能力…交通事故、不慮の事故の防止及び回避等
(7)その他

2 教師の支援態勢
 総合的学習における生徒の活動は主体的でなければならない。しかし活動は多岐にわたるのだから、生徒の活動には常に戸惑いが生じる。それはどの段階においてもあり得ることで教師の支援は欠かせない。何をいつどのように支援するのか、ということは重要なポイントとなる。安易に指導することは、総合的学習の本旨を損なう。したがって、教師集団の態勢と支援内容の確立は欠かせない。次のポイントによる支援のあり方を事前に統一しておく必要性は大きい。

(1)何を
(2)いつ(ステップとの関連)
(3)どのような場面で(生徒の活動との関連及び家庭・地域等)
(4)どのような方法(一斉、個別、プリント、授業等)で支援するか。

3 教師の基本的な支援内容

(1)総合的学習のめざす内容の支援

 @ 問題を解決する能力 
    問題を解決する能力とは自ら活動することによって培われる活動の力である。方法を知識としてわかっていても能力にはなり得ない。つまり、「わかる」ことと「できる」ことは異なるものである。したがって、課題の設定にもとづいて何らかの活動をさせなければならない。たとえば学習活動計画をつくるとか、どうすれば解決できるのかという方向性を話し合わせるなどである。その方向性を生徒に分かりやすくするために、本課題の下に下位課題を具体的に設定させたりすることも、解決への方向性にヒントを与えるだろう。

    この能力のなかには資質としての「学び・考える」能力も含まれる。この能力は当該項目でも述べたように、長期にわたって培われ人格的な要素をも含むものであるから、教師がその視点をもつことが前提となる。生徒が総合的学習をして楽しい、という気持ちをまずもたせることである。楽しい学習活動の繰り返しによってのみ、資質としての「学び・考える」力が培われものである。その意味で教師の支援が何をいつどのように行うのかということが重要になってくる。

A 仕方などを学ぶ能力 
 これは方法としての能力であるから、主として知的活動として働く。課題を解決するためには何が必要か、そのための情報は何か、情報をどう入手するか、入手した情報をどう分類、分析、整理するか等、生徒にとってはいずれも困難な項目ではあるが、それらにアプローチする方法は教師の支援による。直接与えては総合的学習の趣旨からはずれるわけだから、ここでも何をいつどのように与えるのか、がポイントとなる。

    たとえば、資料館の資料一覧表を準備したり、資料館だより等を準備したり、類似テーマに関する全国の生徒作文等を与えるなどがある。特に後者は同年令のものとして有効である。

B 取り組む態度
 態度は意欲に支えられて培われるものである。したがって、生徒が意欲をもって学習活動を展開していくことが必要となる。そのための教師の支援はどうあるべきか。前述したことに加えて生徒の学習活動を正しく評価することも重要である。失敗や過ちを繰り返して課題は解決されていくことを一貫して生徒に徹底させることは、間接的に生徒の学習活動が意欲あるものにつながっていく。同時に小さな成果にも目を配りとりあげ評価してやることである。これらの教師の対処はことばとしての支援にも勝って優れた効果を与えることになる。

C 自己の生き方について自覚を高める
 生徒にとって学習活動の結果が自分の人生にどうつながっているのかを自覚することは一般的に不可能である。不可能の部分に教師が切込みを入れることによって、生徒の一人一人が、その自覚をもつようになるのであるから、いわば教師の支援の正念場とも言える。

 当該項目で述べたように、教師が現在の学校教育の位置づけをきちんと把握していることが前提となる。受験体制の中での生徒の置かれている状況を生徒の内面から把握することである。総合的学習自体がその体制の枠を飛び越えなけばならない。そうでなければ、総合的学習の遠大な目標も単なる受験競争の道具になりかねない。つまり、受験学力として矮小化されてしまう危険性である。

 また、教師自身が、「学ぶことは生きること」「生きることは学ぶこと」を生徒の前で実践していなければならないし、教育理念としてもっていなければならない。そのような教師の思いがあってこそ、総合的学習を展開するなかでこの支援は成果となって表出する。それがなければどのような支援をしようとも、それは生徒の心には届かない。そして、教師が最終的に総合的学習の評価を下す時、教師がどこを向いて一人一人の生徒を評価することになるのか、その時総合的学習の結果が分岐点を迎えるのである。

(2)基礎的学習能力の支援

 @学習方法の獲得…調査、観察、計算力、読解力、メモをとる、聞き取る等   
    これらの基礎的学習能力は、学校教育の主として国語、社会、算数(数学)、理科等に おいてすでに培われたものとしての能力である。しかし、生徒の実態は必ずしもその能力を十分に身につけているとはいえない。したがって、生徒の一人ひとりが自らの課題に取り組む総合的学習においては、一人一人のこれらの能力に対応して支援しなければならない。個人差が激しいこの基礎的能力の支援を、何をいつどうおこなうのか、困難な支援活動であることにはちがいない。

    この支援活動を教師単独で乗り切ろうすることは無理があるし、また、有効な方法とも思えない。基礎的学習能力であるための格差であるなら、格差の一方には進んだ生徒がいることも事実である。この生徒たちをグループの中での支援リーダーとして位置づけることは効果的である。また、これらの能力が教科教育の結果として身につくものであるなら、前述した教科との連携によって、当該教科において基礎学力養成の一翼を担ってもらうことも必要である。

A 施設・設備の利用法…図書館、博物館、資料館等
 学級やグループ単位で支援することがのぞましい。そのために、当該施設に常備してある「ガイドブック」や「利用のしおり」等を取り寄せ、学級に常備しておくことは有効な支援活動となる。

B 機器活用法…パソコン操作法、インターネット活用法、カメラ、OHP等
 機器の活用は、「取り扱い説明書」の範囲内での知識で十分であろう。教師が手取り足取りの支援は必要ないと思う。複雑な機器の場合でも相談を受けた時に対応する程度で良しとする。機器の取り扱いは子どもの玩具感覚が最良である。

C 社会生活の態度…電話の応対、聞き書きの方法、訪問のマナー等
 一般社会的な道徳やルール、マナー等についての支援活動には、子どもの育つ(あるいは育ってきた)環境との連携が必要である。もっとも身近な家庭との連携、あるいは地域の人々との連携によって効果的な支援活動が展開される。

D 交通機関…活用と利用方法
 バスには「交通体系網地図」を取り寄せ生徒自らに検討させる。タクシー等についても基本的には生徒自らの調査によってその能力をつけてもらう。しかし、事故の危険を伴うものだけに次の危機管理能力とも関わらせて支援する必要がある。

E 危機管理能力…交通事故、不慮の事故の防止及び回避等
校外での学習活動において安全行動をすることについての支援活動であるが、もっと も大切なことは社会的ルールの遵守という面をどれだけ身につけているかである。ことばだけの伝達では行動に反映されない。命の大切さ、事故の不慮性とともに、事故に合った場合の事後処置能力についても支援しなければならない。総合的学習の中だけでなく、学校生活、家庭生活全般にわたって日常的に意識づけしていくことが重要である。

(3)学習活動の展開における支援

@ 課題発見・設定の段階での支援内容
ア、課題発見の方法
イ、課題解決の計画…いつ、どこで、何を、なんのために、どうする

A 課題追求・展開の段階での支援内容
ア、「安全対策」
イ、問題の克服

B 課題解決・整理の段階での支援内容
ア、資料整理の方法
イ、報告書のまとめ方
ウ、保存の方法
エ、ホームページ作成

C 総合評価・伝達での支援内容
ア、学習活動経過の重視(成果と次への課題)
イ、伝達・報告の方法

(4)認識力を高める内容の支援
 総合的学習の最も特徴的な学習活動の内容となる。自ら課題を発見し解決していくためにどのような能力が必要かは前述した。これらの能力の基盤となるのが認識力である。もちろん、基盤ができて能力が培われるという意味ではなく、相互に関わりながらしかも諸能力を高める土壌の役目を果たすのが認識力である。

 この認識力は、事物や体験と結びついた言葉の獲得によって形成され、高度な認識力へと高まっていく。したがって、総合的学習は最も認識力を育て高めるに最適であると言えよう。

 また一方、認識力を育てる学習活動によって総合的学習の諸能力が培われという面をももっている。詳細は後述する。

4 総合的学習における課題の範囲
 総合的学習においては、生徒が主体的に学習課題を設定し、自主的に課題の解決に取り組む学習活動である。したがって、課題の設定によっては、様々な学習の障害ともなることがらが派生する。それらを事前に把握しておくことは生徒の学習活動の展開をスムースに行わしめるためにも、また生徒の学習意欲の停滞を起こさせないためにも重要である。以下項目毎に述べる。

(1)規模(内容)
 課題の内容的な幅を指している。全体としてのテーマが共通化されている場合においても生徒の判断によってはこの事態は起こり得る。生徒が学習する行動範囲を越えている場合もあるし、能力的に「もてあます」課題もあるし、その態様はさまざまである。いずれにしても、課題の設定の段階において把握しておくことは大切である。

(2)量
 課題の内容は適切であってもその学習量において困難をきたす場合がある。それは量的に多すぎたり、逆に少なすぎたりする場合である。一人一人の生徒の能力、学習期間、施設・設備等を全体として見通した上での量の制限はしておく必要がある。

(3)難易度
 生徒個々の能力の面からの課題解決の難易度を指す。同じ課題でも生徒によって基礎的学習能力や発達段階等によってその範囲と限界を明確にすべきである。あきらかに難度の高い課題であることが明確であるなら事前に修正させることが適切であるし、逆に難度が低すぎる場合はそれを個別支援によって難度を上げることも必要となる。

(4)期間
 課題の解決に要する時間のことである。種々の条件を考慮して課題の解決に要する時間を事前に生徒自身が把握しておくことは重要である。期間が迫ってきてつらい思いをさせることは生徒の学習意欲を削ぐことになる。

(5)施設・設備
 総合的学習の取り組みは、一般的に全校同時進行の場合が多い。大規模校では、当然のように施設・設備の問題が浮上してくる。それは、校内におけるものだけでなく、校外における施設・設備についても影響する。学年間の調整や学級間での調整などが必要となる。場合によっては隣校との調整も出てこよう。

三 総合的学習展開のステップ(段階)

  総合的学習の展開については、一般的に次のような過程をたどる。もちろん総合的学習の趣旨からいっても定式はなく、用語等についても定まっていない。たとえば、「つかむ」「調べる」「まとめる」「発表する」という用語を使用したり、段階を項目名なしで実践している。

 生徒が自ら課題を発見し、その解決方法を計画し学習を展開することによって課題を 解決し、そのことを仲間へ伝達し相互交流する。この一連の学習活動の展開を示すものであればよいわけで、本稿では生徒の学習活動の展開と内面的働きを表現する用語で段階(ステップ)を組んでいる。

1 ステップ1「課題発見・設定の段階」
 〇課題発見→○課題設定→○課題の検証→○(修正)→○課題解決の方法→○課
    題解決の方法の検証→○(修正)→○課題解決の方法の決定
    @課題発見前の指導…課題への意欲喚起、課題の理解
    A生徒の課題発見と設定の方法
     ア 課題の見つけ方
     イ 課題の決め方
     ウ 課題の作り方
    B 課題発見・設定段階における認識の視点
    C 生徒の年間活動計画の作成
    D この段階での教師の支援
    E この段階での教師の活動

2 ステップ2「課題追求・展開の段階」
    〇課題解決の実行→○課題解決の方法の修正(場合によって繰返)→○課題解決   の再実 行(場合によって繰返)
    @ 課題解決の展開
    A 課題追求・展開における認識の視点
    B 予想される問題点と対応
    C 中間発表会をどうするか(全校、学年、学級)
    D この段階での教師の支援
     ア この時期の支援内容
     イ 必要な基礎能力
    E この段階での教師の活動

3 ステップ3「課題解決・整理の段階」
〇課題解決→○検証(場合によってステップ1またはステップ2に戻る)→○まとめ
 @ 課題解決の方向性
 A 課題解決における認識の視点
 B この段階での教師の支援
  ア支援の内容
  イ報告書の作り方
  ウ表現方法
 C この段階での教師の活動

4 ステップ4「総合評価・伝達の段階」
〇表現方法の検討→○伝達方法の検討→○総合評価
 @ 報告会(発表会)の持ち方(全校、学年)
 ア 還元活動の視点
 イ 形態
 ウ 発表の方法
 A 発表・伝達における認識の視点
 B この段階での教師の支援
 C この段階での教師の活動

四 各段階における具体的指導

1 課題発見・設定(ステップ1)

(1)課題発見前の指導
 生徒が自らの課題を発見できるまでに何らかの機会を与えなければならない。例えば、映画を見る、ビデオを見る、地域を見学する、各自が親から聞き書きする等である。しかも、その課題は、
  ア、横断的総合的な課題であること
  イ、生徒の興味関心に基づくものであること
  ウ、学校地域の特色に触れていること
  エ、わが国や人類全体に関する課題であること
の内容を包含したものである。とすれば、何でも良いというものでもなく、また、生徒発達段階に適合したものでなければならない。もちろん、総合的学習に取り組む期間とも関連し、短期間で課題が解決できたり、逆に期間内での解決が見通せない課題であっては困るのである。

 その点は生徒が課題を発見する前に予備学習をするのか、発見したあと、各自が自分の課題の点検をする前に行うのか、選択の余地がある。

  したがって、課題発見の前の指導は、このようなことをすべて含めた上での教師の見通しをもってしなければ生徒に余計な混乱を持ち込むことにもなりかねないので注意が必要であろう。

 生徒が自らの課題を解決していく過程には、以下のように多様な活動に基づき問題解決学習の展開が予想される。
 ア 自然体験活動
 イ 社会体験活動
 ウ 観察・実験活動 
 エ 見学・調査活動 
 オ 制作・生産活動
 カ 発表・討論活動 

  これらのすべてを学級のすべての生徒が選択したら、どうなるのだろうか。もちろん、生徒の課題によってこれらの要素は限定されてくる。しかし、学級の成員が各自の課題を解決していくためには多少の幅はあれ、いずれかの活動によらなければ解決は難しくなる。そのために、課題の発見の前に、これらの活動の要素に制限を加えるのか、否かによっても、課題の発見は変わってくるであろう。

  たとえば、沖縄戦から課題を発見した場合を想定すると、その課題を解決していく活動の要素は、それらのすべてが必要であり、制限すればまたその範囲内での活動ともなる。つまり、証言を聞きに行けば、「社会体験活動」であり、ガマに入れば「見学・調査活動」及び「社会体験活動」となる。さらには資料館や図書館で調べれば「見学・調査活動」になる。

(2)生徒の課題発見と設定の方法

@ 課題の見つけ方
 生徒が課題発見の前の指導の段階で、どう課題を見つけるのかの具体的指導は欠かせない。学級全員が自ら考え、疑問をもち、それを課題として意識化するところまで高めなければならない。

 そのことは、生徒の一人ひとりの認識力に大きく影響する。同じ事前指導を受けてもそれから受ける影響は格差が大きい。したがって、見せるだけ、触れるだけ、聞くだけでは効果は少ない。課題の四つの要素の中の「興味関心」からスタートし、徐々にその興味・関心を広げていくことが適切である。たとえば、身近な観光地に目を向けさせ、 なぜ、自分の地域が観光地になっているのか、から出発し、最終的に「戦争と平和」という四つ目の要素にたどり着くことができる。あるいは、毎日食べている「米」から出発して「環境問題」へたどり着くこともできる。
 要するに教師がその目をもっていることが必要だし重要である。

A 課題の決め方
 種々雑多な疑問の中から生徒たちは、それを課題として決定しなければならない。特に多くの疑問をもった生徒はその疑問を取捨選択しながら、または、整理統合しながら自分の課題を決定する必要がある。「課題として絞る」という言い方もできよう。
 この時に、前述した「総合的学習の課題としての適切さ」と「課題解決活動の要素」 が必要になる。事前指導があったとしても、ここでもう一度復習しながら、生徒一人ひとりが自分の課題の絞り込みにこの観点を生かせなければならない。

B 課題の作り方
 自らの課題を発見し決定したあと、それを課題として設定しなければならない。つまり、解決へ向けての課題であるのだか、それに相応しい表現をしなければならない。それは、今後の学習活動の展開にとって分かりやすく、しかも、生徒の実態に適ったものであり、さらに、客観的条件等を考慮したものでなければならない。以下具体的に例を上げて述べる。
  ア「沖縄戦について考えよう」
  イ「沖縄戦ではどのくらいの人がなくなっただろう」
  ウ「沖縄戦での住民はどんな被害をうけたのだろう」

  アは、抽象的であり、解決への展開をどう開けばいいのか見えてこない。イは逆に具体的だが、この程度の課題であれば、一時間とはいらない。やはり、ウのような課題設定が良い。ウの場合は、表現内容としては、やや抽象的だが、「住民の被害」という内容からそれを具体化していく展開はいくつでも設定できる。つまり、「住民」という範囲を設定するだけでもかなり具体化できるし、生徒の実態、期間等も調整できる。つまり、「住民」を生徒の住む地域住民に限定するのか、少し広げて市町村にまで、あるいは地区まで、…と弾力性をもっている。さらに、住民の構成によっても具体化が可能である。つまり、年代による構成、職業や階層による構成、男女の構成等である。

 また、「被害」についてもそのことは当てはまる。つまり、人的被害、物的被害、精神的被害、自然被害等々から、絞り込むことができるし、また、人的被害についても、戦没、怪我との分類ができるし、さらに、戦没でも、被弾死、栄養失調死…と具体化ができる。

 以上のことを考えれば、生徒の課題設定は、具体的な設定よりは、やや抽象的な設定をし、その中で、下位課題として具体化していく方が取り組みやすい。つまり、キーワードをいくつか挿入している方がよい。もちろん、キーワードは課題に包含される内容の限定を意味する。この例でいえば、「住民」と「被害」かキーワードとなっている。

 これらの限定作業は、生徒が年間計画の作成の段階でも柔軟に取り組めるようにすればよい。

(3) 課題発見・設定の段階における認識の視点
 ア なぜだろうと考えてみる。(疑問)           
 イ こうかしらとためしに考えてみる。(試行)       
 ウ まわりのものごとに深い関心をもつ。(興味・関心)
 エ 一つのことについてまとめてみる。(既習の知識)      
 オ 推論する。(予想・仮説)  

(4)生徒の年間活動計画の作成
 学校・学年の方針化が必要である。週単位で実施するのか、月単位、学期単位も考えられるが、何れの場合でも、学校全体として決定していなければならない。学級での生徒はこの全校の日程に合わせて各自が年間計画を作成することになる。
  ※資料1「総合的学習の計画作成[生徒用]」参照

(5)課題発見・設定の段階での教師の支援
 @ 計画の段階で最も教師の支援が必要となる段階である。なぜなら、生徒一人ひとりが、例えば長い一年間を見通してさまざまな観点から自分の課題の解決の方向を見通すのは困難である。したがって、教師は生徒一人一人に適切な支援をしなければならない。
 主な支援の内容は、次のようになろう。

 A 課題解決の方法…(ア)どこで(イ)何を(ウ)なんのために(エ)どうすること が課題の解決につながるのか。
 (ア)どこへ行けば解決の方法が見つかるのか。
 (イ)何を調べれば、何を見れば、何(誰)を訪ねれば、何を試したら…解決できるのか。
 (ウ)〇〇へ行き、△△を調べるのは自分の課題の何を解決するためなのか。
 (エ)課題解決のために、どうすることが最も適切なのか。
 以上の四つの観点からの支援によって、生徒に課題の解決への展開へ向けて具体的なイメージを描かせることが大切てある。
  さらに、これらのさらなる具体化作業のために、教師の支援はさらに具体化する。
 (a)〇〇へ行くのにどういう方法を使うのか。(交通機関)
 (b)〇〇へ行ったらどうするのか。(訪問のマナーや面接の方法等)(資料の活用)
 (c)〇〇へ行くために何が必要か。(必携品)
 (d)調べるもの、見るもの、聞くものは確かにそこにあるのか。(情報の確認)
 (e)外部施設・設備の定休日等の確認。(施設・設備の利用法)
 (f)注意することは何か。(安全の注意)
 (g)それにはどのくらいの経費がかかるのか。(経費)

(6) 教師の活動
  生徒個票の作成(教師用)のデーターをこの期に生徒から入手する。つまり、この時 期に教師は、生徒各自の「総合的学習の指導計画票(個票)」を作成する。
  ※資料2「総合的学習の指導計画票(個票)」参照

@ 生徒の計画から、教師の活動の内容についての様々が見えてくる。
  ア 訪問会社、資料館、援助者の確認、事前承諾、事前打ち合わせ、学習内容の確認等、
  イ 交通機関の調査(料金、時間帯、コース等)
  ウ 危険個所の事前点検、
  エ 生徒一人ひとりに対する支援内容の確認
  オ 援助者の住所、連絡先等
  カ 学習内容の範囲と限界の把握
  キ 生徒訪問先の住所、連絡先等
  ※外部関係は、予め生徒から調査をし、それぞれに対応を事前準備しておくこともできる。

A 学習の範囲と限界について
 生徒の学習計画に関して、教師は次の視点から生徒の活動についての範囲と限界を把握しておくことが重要である。
  ア 規模(内容) イ 量 ウ 難易度 エ 期間 オ 施設・設備 
   把握した結果を生徒に伝えるか否かはケースバイケースである。エやオについて明確に無理だと判明している場合は、はっきりと生徒に伝えるべきである。これは客観的条件によるものであるから、生徒の学習意欲を削ぐことはないだろうし、生徒も修正を受け入れやすい。これに対して、ア〜ウは、生徒の課題及び生徒の能力等との関わり合いで判断すべきである。取り組む過程で修正が効くのかどうか、なども判断の拠り所となろう。教師は把握した情報を生徒の判断材料として提供しなければならないが、決定は生徒自身に判断させるべきである。

2 課題追求・展開(ステップ2)

(1)課題解決の展開
 各自の計画が作成されたら、全校的に「総合的学習の日」には、各自、各班単位で行動する。総合的学習のステップでは、もっとも長期になる期間である。したがって、さまざまなトラブルや問題点が発生することが予想される。そのようなことを予め充分に予想した指導計画を立てなければならない。

(2)課題追求・展開における認識の視点
 ア観察する
  〇ものごとをありのままにとらえる。         
  ・目…形・色・大小・高低・太細・動きなど
    ・耳…音・声・言葉
    ・鼻…臭い
    ・舌…味
    ・皮膚…感触
    ・心(頭)…性質  
     〇 二つの対象を比べてとらえる(似ているところと違うところ)
    イ 実験する
    ウ 体験する。              
    エ 人に尋ねてみる。            
    オ 調査してみる。                             
 カ 事実にてらしてみる。           
    キ すでに知っている知識を使ってためしてみる。                
    ク できごとのあとさきを考える。              
    ケ 古いものと新しいものを区別し、違いをみる        
    コ 未来のことを空想・想像してみる。  

(3)予想される問題点と対応
 ア 施設・設備の問題…多くの利用者がいて、目当ての資料や機器が使えなかった。
 イ 資料が難しくて意味が分からなかった。
 ウ 思ったよりも課題解決に向けての内容がなかった。
 エ 資料の入手に時間をとってしまった。
 オ 外部指導者(援助者)の都合で会えなかった。あるいは時間が短かかった。
 カ 雨が降って予定の行動がとれなかった。(自然体験活動等)
 キ 大切な訪問学習だったが、体調が悪くて欠席した。(事後のことはどうするのか)
 ク 資料を汚したり、破損したり、機器を壊したりした。
   @ 上記の問題点(ア〜エ)についての対策は予め予想されることがらであるから、教師の計画の中で対処されることが大切である。このようなことは、生徒の学習意欲を
阻害する要因にもなりかねないので、教師集団による事前の具体的対応が実際の混乱を防止できる。
 A 一方(オ〜ク)については事前に対応できる事からではなく、対策についての学校や学年としての方針化が必要であろう。

(4)中間発表会をどうするか(全校、学年、学級)
 長期にわたるこのステップにとっての最大の問題点は、生徒の学習活動がマンネリに陥り、学習意欲の減退を来し、学習活動が不活発になってしまう危険性である。そのことが放置されたままになると、生徒の間に学習の緊張感が失われ、自由気ままな雰囲気が蔓延して、学校生活全般にわたる問題となる場合もある。

 マンネリに陥ることの防止は、学習活動が常に緊張感(学習する喜びに支えられた)に満ちていることである。そのためには、生徒の発達段階に合わせた、「中間のまとめ」を設定することなどが考えられる。

 つまり、課題解決の展開の途中に学習の転換を入れるのである。たとえば、中間のまとめを行い、生徒間の学習交流をもつのである。互いに交流することにより、一人ひとりの生徒には、また、新たな気分で各自の学習に取り組む意欲を持たせることになる。

 しかし、一方、中間発表会は、これまでの学習の展開の流れを中断するものともいえるので、軌道に乗っていた生徒にとっては、あまり好ましいものではない。

    いずれにしても、総合的に判断して少なくとも年間同一テーマの場合は、「中間発表 会」はぜひ設定した方が適切である。
@ 中間発表会の目的
ア 学習の成果の交流の機会
イ 学習の進展についての点検と再考の機会
ウ 学習の展開方法についての点検と再考の機会
A 中間発表会の形態
ア 全校発表会…全校一堂、縦割り学級同士の発表会(ブロック発表会)
イ 学年発表会…多学級の場合は、適宜複数学級の発表会
ウ 学級発表会
エ 上記の組み合わせ
B 運営の方法
    全校、学年、学級によって異なるが、いずれにしても、生徒をどれだけ運営に参加させられるかが重要な鍵になる。このような視点から考えると、年度当初に「中間発表」の有無を決定し、開催に向けての運営についても同時に取り組むことが重要である。

(5)課題の追求・展開の段階での教師の支援
 生徒がそれぞれに各自の課題解決に向けて展開している時、教師の支援はどう行われるのか、最も困難な状況である。学級の遅れた生徒や班に付き添っているのか、機械的に輪番で同伴するのか、学校に待機し、生徒からの支援要請を待っているのか、目の前にいない生徒のことで不安だけが先行する場面である。

 このようなことを予想し、外部施設設備を活用する場合は、全校的にまたは学年単位で、教師の配置を行い、支援活動をする方法が最善であろう。このような支援態勢を作るためにも、全校もしくは学年としての教師の教科や学級の枠を取り払った協力関係はどうしても構築しなければならない。この支援態勢は、また、前述した問題点のアについての対応に連結する。つまり、事前に各学級の外部施設・設備利用を全校的にあるいは学年単位で調整することができるのである。

@ 支援内容
 上記に記したように、この時期の支援内容は主として安全対策的な発想に陥ることは否定できない。しかし、個々の生徒にとっては、この時期が各自の課題を解決する最大の活動内容である。このステップ2での活動の内容が今後の学習意欲の昂揚を持続させ、自らの課題を解決するという自主的積極的学習態度が確立する方向への意識変革もこの段階の取り組みによる。したがって、困難にもぶつかるし、困難に対しても立ち向かわなければならない場面が発生する。生徒は、ここで能動的な学習態度を自らの行動の中から培って行く段階である。

 そのような時、教師の支援は決して「安全対策」だけではなく、より大きな支援が必要となる。当然のことながら、その支援は、安易に生徒に解決を与えることではなく、あくまでも生徒の解決への追求の支援である。生徒が自ら解決していく方法の模索の支援である。当然のことながら、教科や学年の枠は取り払わなければならないし、それ相応のアドバイスが必要となる。そのために、学年対応であれば、学年全教師が全生徒(全班)の課題を把握しておくこと、少なくとも、課題毎に教師の配置をしておくことが必要となる。

 生徒の支援要請は、主として前述の予想される問題点のイ、ウ、エに絞られてくる。これらの支援要請は、生徒一人ひとりが具体的に壁にぶつかったものであるだけに、極めて具体的な問題となって担当教師に突きつけられる。前述したように事前に教師集団の対応が充分でないと、生徒の支援要請に応えられない。教師の熟達した一言が生徒に課題追求の展望を与え、学習意欲をますます高めるし、また逆に生徒の課題追求の意欲を削ぐ場合もある。

A この段階での必要な基礎能力
 ア 調査、観察、計算力、読解力、メモをとる、聞き取る等の基礎学力
 イ 図書館、博物館、資料館等の利用方法             
   ウ パソコン操作法(インターネット活用等)、カメラやビデオ等の機器活用方法   
   エ 電話の応対、訪問のマナーや話し方、言葉づかい等の日常生活態度    
 オ 交通機関の利用方法        
   カ 交通事故、不慮の事故の防止及び回避等の危機管理能力

(6)教師の活動
  この段階では生徒の活動が最も見えにくくなり、生徒へのアプローチが困難になる。 しかし、一方ではこの段階が最も生徒の活動の中心部分であり、総合的学習の神髄ともいえる段階である。したがって、教師は、この段階での生徒一人ひとりの学習活動をしっかりと把握しておかななればならない。それは最終的な評価の基礎資料の入手にとっても大切なことではあるが、より大切なことは、生徒が最も自分らしさを発揮する場面であることの認識をもつことである。総合的学習の目的は、生徒の一人一人に自分のもっている能力を最大限に発揮できる能力をつけてやることである。とすれば、生徒が最も自分らしさを発揮する活動を捉えることが、一人一人の生徒を真に把握しその生徒を伸ばすことにつながるからである。

  その意味で、教師はこの段階での生徒一人一人へのアプローチ方法をもっている必要がある。たとえば、一定の様式による「報告書」を作成させ、事前確認と事後報告によって校外学習活動の全体がおおよそ把握できるようにすることなどが考えられる。この報告書作成は、事前に一定の書式を書くことと事後の報告によって生徒たちの緊張感の持続にも好影響を与え得る。さらに、この様式は先方との連絡にも使用できるし、生徒たちの訪問面接の場でも利用できる。なお、事後報告に関する煩雑さはファックス送信やEメール送信などの組み合わせによって解消される。

 評価の観点からいえば、この段階ではその都度評価簿に記録入することを忘れてはならない。総合的学習の評価は経過が重要である、という認識を常に持っている必要があろう。
  ※資料3「校外学習活動報告書」参照

3 課題解決・整理(ステップ3) 

(1)「課題解決・整理」の方向性
 ステップ3では、生徒一人ひとりが各自(班)の課題について追求してきたことがらを、自分なりに解決をみる段階である。手元には多くの資料(テキスト素材、現物、人の話など)が雑多にある。それらを駆使して自分の課題を解決しなければならない。大方の方向性はすでに見えている生徒もいるし、全然見えていない生徒もいる。その間には各種各態の生徒の実態があろう。方向性が見えて来た時、生徒はその方向性に支えられて一気に解決に向かうはずである。

(2)課題解決・整理における認識の視点
@ 分類する
ア、同じことと違うことを区別する。
イ、共通なものを抜き出す。     
A 分析してみる
ア、 部分部分をしっかりつかむ。  
イ、 具体化してみる。
B 総合してみる。 
ア、 部分と全体のちがいを知る。
イ、部分と部分との関係をつかむ。                      
ウ、部分を合わせて全体をつかむ。                       
C 自分なりの判断をだす。
ア、一般化(抽象化)してみる。  
イ、特殊と一般を対比してみる。 
ウ、原因と結果との関係で考えてみる。                     
エ、根拠に基づいて判断する。                        

(3)課題解決・整理の段階での教師の支援
  解決の作業と資料の整理の作業は車の両輪である。多くの資料の中から何が主で、何が従か、そして、何が不要かをそれぞれに判断し、取捨選択をしなければならない。取捨選択するためには一定の基準が必要である。自分の課題を解決し、それをどう整理しようとするのか。その基準は極めて漠然としている。それは己の頭を整理することにつながる。そのためにも、この段階での支援は、一斉授業では克服できない個別支援になろう。生徒の一人ひとりの実態と課題との突き合わせによって、一人ひとりに対するアドバイスも異なってくる。

  また、一つの学習活動の成果として「報告書」にまとめることが必要である。そのた めの支援も欠かせない。

@ 支援内容
  ア 課題解決への整理の方法…生徒の能力に応じて「報告書」作成の方法にそって整理させた方がよい。
   イ 報告書の書き方…国語科担当教師の支援
 ウ 保存の仕方(パソコンによる)…学習記録として個人用、学校用の保存を行う。
 エ ホームページ作成…パソコン担当教師の支援

A 報告書の作り方
  報告書には一定の形式があり、「はじめ」「本文」「まとめ」の構成をとるのが標準的である。
 〇「はじめ」…自分の課題発見のきっかけや課題設定の理由、課題に対する予想、思いなど。
 〇「本文」…課題解決の内容をいくつか柱にして、その柱ごとに各自の判断や感想などが記述される。最も感動したことや印象に残ったものを中心にして、課題解決の内容にふくらみをもたせる。課題解決に対する持論の根拠として材料(資料)を添える。
 〇「まとめ」…課題を解決した現在の思い、課題発見から解決にいたるまでの反省、次への課題への意欲など。構想が決定すれば、それにしたがって、資料の整理をする。

B 報告書の内容の型
ア、課題、課題設定の理由、課題解決の方法、課題追求の内容、課題解決の経緯、課題の解決
イ、課題、仮説、仮説立証の方法、仮説立証の内容、仮説立証の経緯、仮説の立証、結論
 ※報告書については、分量を制限するか、しないか。表現方法についても制限するか自由とするか。

C 表現方法
 文字、図表、写真、イラスト、現物、模型、映像(ビデオ)、話や音(カセットテープ)、パソコン(プロジェクター)、実演等を使い、立体的に表現させるとよい。また、学習財産として保存する方法も考慮する。

D この段階での基礎的能力
 ア 機器活用法…ビデオやパソコン操作法(表作成・作図、画像処理等)
 イ 文を書く…特に説明文・論説文の書き方 

(4)教師の評価活動
  以上のように、この段階での教師の支援は、ほとんどが個別支援になる。それは、ある意味では、生徒の活動の集約をこの段階において把握できる機会でもある。ここでのやりとりによって、生徒一人ひとりがこれまでの学習活動をどうすすめてきたのかを把握できるからである。教師は、生徒の「活動計画表」や「活動報告書」によって大まかに生徒の活動経過を捉えてきたが、この段階でよりリアルな実態を把握することができる。

  したがって、この段階での教師の活動は、生徒一人ひとりの学習活動の評価の段階に入っていることを認識していなければならない。この時期の個別支援は、ある意味では「面接」による評価の資料収集だという見方もできよう。幸い、総合的学習の評価は、結果ではなく、経過を重要視し、そして、個人内評価である。

4 総合評価・伝達(ステップ4)

(1)発表会(全校、学年)
@ 還元活動の視点
 各自・各班が取り組んだ総合的学習の集大成は出来上がった。そこで、終了させては、総合的学習の大きな意義が失われてしまう。総合的学習の成果をより多くの生徒に還元させることが大切である。互いに切磋琢磨していくことが、総合的学習の基本であり、生きる力の源となる。個人的、グループ的学習の範囲に留まっていては、自ら生きる力の育成の多様な芽を摘むことになりかねない。互いの成果を元にして、賞賛、批判を通して共学することによって、互いの成果の還元が成り立つ。

 したがって、このステップ4を実践する際には、そこに討論(ディスカッション)を組 み込まなければならない。報告発表だけではその成果は半減する。質問であれ、疑問であれ、相互にやりとりするところに問題解決の能力にも一段と磨きがかかるし、能動的活動能力の養成ともなる。

 また、大規模校と小規模校とではその持ち方に違いはあるが、何れにしても全員(班)参加が原則である。その目的を達成するためには、その形態のとり方も重要になってくる。小規模校では全校形態が可能だが、大規模校では同一学年ブロックよりは学年縦割りブロック形態が望ましい。施設・設備の困難性があったとしても、実施日をずらすなどしてでも全員(班)参加は達成しなければならない。学年縦割りブロック形態は、異年齢同士の相互学習を基礎にした上級学年から下級学年への継承という面からも有効である。

A 形態
中間発表会の項参照

B 発表の方法
ア、機器の利用…OHP、ビデオ、テープレコーダー、プロジェクター
イ、掛け図、パネル、
ウ、現物、模型
エ、実演

(2)総合評価・伝達における認識の視点
ア、自分の考えをもつ。                 
イ、他人の考え、感じ方をみとめる。   
ウ、共感したり、反発したりすることをハッキリさせる。  
エ、自分の立場からものを見る。
オ、さまざまな立場からものを見る。       

(3)総合評価・伝達の段階での教師の支援

@ 最終段階でのこのステップは、ある意味ではこれまでの学習の結果に対する生徒たちの評価が互いに目に見える形で表れてくる。したがって、生徒が学習結果にばかり目がいくのでは、総合的学習の本来の目的が失われてしまう。学習の経過を重視することを改めて生徒に強く認識させなければならない。そのような視点を定着させるためにも、ここでの支援は重要なものとなる。

 さらに、発表の内容をいかに伝えるのか(制限時間内で最大限の内容を)が、大きな比重をしめるのであるから、資料や機器を使って有効に発表できるようにしなければならない。

A基礎的学習能力の内容
ア、発表の態度…音声、態度
イ、機器の使い方…OHP、プロジェクター等
ウ、討論の仕方(ルールやマナー)
エ、聴く態度…メモをとる能力等                     

(4)教師の評価活動
  ステップ3からの評価活動が継続する。つまり、この段階は「面接法」と「観察法」による評価の資料収集時である。そのために、教師は、生徒一人ひとりについての学習活動の総括を行う必要がある。つまり、ステップ1〜ステップ3までについて、生徒は人間としてどれだけ成長したのか、何が課題として残ったのか、課題解決への展望は何か、などについて分析することである。それをしないで、評価を下しても、その評価は次の教育活動には生きてこない。成果と課題と展望の分析はどのような活動においても有効である。

五 評価について
    すべての活動には評価がなければならない。評価に基づき、成果や課題が明確になり、次の計画への展望も開かれる。ただ、日本の学校教育における教育評価は、長年にわたって行われた相対評価に対する根強い観念がある。やっと文科省も腰をあげて2002年度から絶対評価に踏み切った。その意味ではこれからの教師にとって総合的学習の評価に対しての抵抗感はないかもしれない。しかし、その若い教師たちも児童・生徒の時は相対評価の洗礼を受けているので、抵抗感がないといえないかもしれない。

    これまでの学校教育の評価観を脱ぐい捨てなければこの評価はできない。つまり、全く新しい評価観(価値観)に基づいているからである。まず、評価の物差しとしては、相対評価ではなく、さりとて絶対評価でもない。何か目標があってそれに対する到達度評価でもない。とはいえ、何のよりどころもない所に評価は生まれない。そのよりどころは、総合的学習のめざす内容が一人一人の生徒にとって十分機能したかどうかということである。めざす内容をもとに評価の観点を設定することも一つの方法である。ちなみにすべてのめざす内容をもとに観点項目を設定すると次のようになる。
 ○ 自ら課題を見つけ解決しょうとしたか。
   ○ 主体的に判断しながら学習活動をすすめていたか。
 ○ 自ら学ぼうとしていたか。
 ○ 自ら考えて学習活動をすすめていたか。
 ○ 情報収集の方法を知る努力をしていたか。  
 ○ 調査の方法を知る努力をしていたか。
 ○ 資料の整理の方法について知る努力をしていたか。 
 ○ 表現活動(発表・討論)は積極的に行っていたか。
 ○ 学習活動に主体的創造的に取り組んでいたか。
 ○ 自己の生き方に結びつけて学習していたか。
 総合的学習の評価は、結果ではなく学習活動そのもの(経過)を重視する。したがって上記の観点をみてもあきらかにように、あたかもめざす目標の到達点として捉えることは適切でなく、あくまでも学習活動の経過の観点(評価の目の付け所)として生かすべきである。

1 評価の内容
(1) 個人内評価
    個人内の評価という面からみれば、絶対的評価とも言える。他人は関係なく、生徒一人ひとりがどの程度努力したか、または、どこまで成長したのか、という観点で行われる。しかし、絶対的な価値を認めないので、その意味では個人内における相対的評価ともいえる。

(2) 活動能力評価
 個人内評価でも、何か目標があるわけではない。目標は活動に対する結果を意味するが、この評価には結果は目的化されてはいない。結果が問われるのは結果に至る活動全体に対する評価の結果としてである。したがって、評価の際に結果が先にくることはなく、後についてくるものである。活動全般にわたってどんな能力を発揮したのかが評価の対象となる。

(3) 記述評価
  評価の表記は数字や記号ではなく、文章記述で行われる。つまり、その生徒が活動したことを記述することで評価が行われる。しかし、基準や物差しはない。一人ひとりの生徒が、自分の課題解決に向かってさまざまな能力を発揮し、解決しようとした事を説明してやること、それがこの評価である。もちろん、評価をする教師が、生徒一人ひとりのどのような面を見てどう評価するかは、全く教師の記述に委ねられる。しかも、文章記述は必然的に記述者の主観が入り込む。たとえば、生徒一人ひとりの活動を事実に基づいて評価しても、「〜よくがんばった」とか「〜まだ努力が足りない」などと主観が入る。その意味でいえば、評価を下す教師の教育観や子ども観が大きく影響することは否定できない。また、これまで随所で述べたように、教師自身がが総合的学習の本質をきちんと把握している場合とそうでない場合とでも異なってくる。

 したがって、教師の主観が入ることに問題点をみるのではなく、その主観の滲みでる教師の教育理念や子ども観等に問題点を見るべきである。教師が生徒一人一人をどのような目で見ているのか、どのように育てようとしているのかが大切である。もともと主観をゼロ%にする評価方法というのはないのである。

2 評価方法

(1) 観察法
 生徒の活動状態を観察して評価する。しかし、生徒全員の活動をすべて観察することは不可能であることはいうまでもない。したがって、教師は長期にわたる総合的学習の段階毎に、生徒の学習活動の何を評価するのかという観点をあらかじめ設定しておくことが大切である。そうでないとその場その場での対応では評価の客観性が大きく揺らいでしまいかねない。しかも、その観点は学年や全校での共通項とすべきである。前述した観点を発達段階や生徒の課題等に相応しく具体化していくのも一つの方法であろう。

(2)面接法
 生徒に面接をしながら、生徒がどのように取り組んだのか、どれだけの能力を発揮したのかを把握し評価の資料とする。しかし、これとて、全体を把握するには難点がある。またその時間的な障害も無視出来ない。この場合も、何を評価するのかという学年や全校で共通項とした観点を設定する必要がある。

(3)資料・報告書
 生徒のすべての活動の資料や最終的な報告書によって、生徒の活動の全体を把握しようとする。客観的な資料であるだけに、生徒の活動の全体像を把握するには最も客観的な評価の資料となりそうだ。ただ、これは膨大な量になりかねないし、それを一人ひとりの生徒に関して把握しようとすることには無理が生じる。

 さらに、生徒の課題によっては、評価の対象としての資料とはなりにくいものもある。また、手元におけない資料だってありえる。そのようなことを考えると、まだ十分な評価の方法とは言いがたく検討の余地が多々ある。資料の提出にしても、どこまで制限を加えるのか、教師集団の方針化が必要だろう。

(4)自己評価
 生徒自らが自らの活動をふり返り、自ら評価をする方法である。生徒の評価の中に、その生徒自身の活動に対する努力や活動経過が読み取れる。もちろんこれは、教師の評価の参考資料とするものであり、それだけの意味で行われる。

 ただ、この場合でも、自己評価の一定の観点や視点などを決めておかないと生徒自身が評価できないというジレンマが生じる。しかも生徒自身が評価できる項目の設定が必要であるが、生徒が評価できない(発達段階によって)項目もあり得るわけで、それらの項目については、その周辺の項目を設定して評価させるようにするとよい。 

3 評価は成果と課題の把握
 以上のことから、どれか一つの方法で評価しようとしても、無理が生じる。したがって、そのうちの幾つかを組み合わせての評価が考えられる。または、一つの中心的な方法に他の方法を参考資料として使う方法も考えられる。

 いずれにしても、評価は前述したように、成果と課題と展望を明確にするためのものである、ことを忘れてはならない。日本の学校教育が行ってきた結果主義、競争主義に基づく過去の評価の観念を払拭して行わないと、生徒の活動の経過を評価しながら、それが従来と本質的に変わらないでは何の意味ももたない。

 一つの活動を終了するにあたり、その成果と課題とを明確にし、次の学習への展望を開くために、どのような評価が適切であるのか、大きな転換点である。生徒一人ひとりが学習に意欲をもって取り組める評価が行われることが最大の目標である。

六 援助者について
 総合的学習の展開には学級担任を含む全教師(少なくとも学年教師集団)の関わりのみならず学外の専門家や地域の人々の援助が必要となる。そのことは、学習の多様性を保障し、生徒の広い視野を育てることに結びつく。さらに、地域や学外との壁を取り払い、学校教育の本来の姿を取り戻すことの展望をもつ。しかし、それらの切っ掛けとなる地域の人々や専門家の援助を受けることが、次のような問題を含んでいることを見逃してはならない。それは、生徒の課題や学習活動計画との関わりでの援助者の限界と力量についてである。そのことについて教師は予め把握し、生徒の学習活動の展開に支援を与えなければならない。

1 援助の範囲と制限
 生徒の課題に対して、援助者にはどの程度まで係わってもらうのかということである。逆に生徒の側からすれば、どの程度まで係われるかということである。つまり、生徒の質問には(なんでもかんでも答えなければならないのか)、または、(生徒はなんでもかんでも質問していいのか)という問題が生じるのである。それは、課題に対する内容の量的な面と質的な面の両方が考えられる問題である。

    特に、質的な面で言えば、生徒の発達段階によって専門家の持つ知識とのギャップは大きい。そのなかで、専門家の知識をどの段階まで係わらせるのか、ということは教育の専門家である教師が調整役となるべきである。具体的には、専門家の知識が生徒の発達段階を無視して与えられることもありうる。

    一般的には難解になることだが、逆の場合だってあり得るのである。このような問題に対しては、生徒の立てた学習内容を把握することによって、事前に援助者との間に調整しておくことによって克服できる。一回の機会であるだけにこのような配慮は重要である。

2 援助の範囲と限界
 そのことはまた、逆の問題点をも引き出す。生徒の課題を解決するための情報を当該地域の人々や専門家が持ち合わせていない場合のことである。つまり、生徒の課題解決のための情報と当該援助者のもつ情報のズレである。このことは当然、援助者の力量について事前に把握し、生徒の学習活動の範囲と限界が設定(修正)されることを意味する。

 この援助者の力量の範囲と限界については、先方に対する配慮のみならず、生徒側からすれば学習活動の遂行上の障害要因にもなりかねない盲点となる可能性があるので慎重を期す。その慎重な配慮を欠くことによって、この問題が学校全体の総合的学習の障害ともなりかねない要素を含んでいるのである。

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