受講感想
※1「戦争と文学」に対しての学生の感想は、実に多様な視点から貴重な意見を提供している。次年度への改善に生かすためと「戦争」を考える交流のために掲載する。
※2掲載は提出者全員のもので順不同。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 -

1 OT生(経済学科2年)

 講義の内容は学生報告に多くの時間を取り、一人一人が文学作品について考え、討論形式にすることで、深みがでたと思います。

 学生報告の作品を絞って、同じ日に同じ作品を報告しでもらうことで、それぞれの班がどのようにその作品を捉えたかが、報告を聞く側としては違いが分かりやすいのではないかと思います。また、同じ作品を研究したグループ同士で討論をしても良いと思いました。

 回数については、少し多いと思いました、発表回数を抑え、発表にあたってのアドバイスの時間を多少設けた方が良いと思います。例えば、作者の生い立ちについて、作品との関わりが無いものに関しては極力さけるなどです。私自身のグループをはじめ、多くのグループが作者紹介に時間をとっていた様に思います。

 講義や学生報告で使われた作品については、詩や、短編小説が主であり、発表時間を考えるとちょうど良いと思います。また、小中学校の教科書に掲載されている作品であり、全て読みやすく、考えやすく、奥が深い作品なので文学をこれまで学んでいない人でもすぐに入り込めて良かったと思います。

 戦争と文学の全般的な感想としては、この講義を受け、文学が描く戦争というものを考えさせられたことが最も意味のあることだと思います。
文学作品に描かれていることの全てか事実ではない、しかし、作者が戦争というものを、どのように描いているのかということに注目し自分なりに考察していくことで、人間の本質を追及でき、さらに読む人それぞれに解釈があり、また、その意見を聞くことにより自分の解釈も少しずつ変わり、その中で作品自身に価値を付けていくという、非常に興味深い講義でした。

2 OA生(日本文化学科1年)

    「戦争と文学」の講義は、興味のある分野だっただけに、毎回充実した時間を送ることができました。

    最も印象に残っていることは、グループでの研究発表です。私達はいちばんはじめの班だったので、発表方法を考えるのには少し苦労しました。私達が選んだ作品は「水ヲ下サイ」でした。実際に発表した時はあまり上手くいきませんでしたが、原民喜と作品について、また、原爆の状況についても知識を深めることができました。夜、一人で作品の解釈をしたときは、怖い思いもしながらがんばりました。これもいい思い出です。

 今回講義を受けて印象に残っている言葉がいくつかあり、その中でも「人間性の疎外・強制的な生の終了」という表現は印象深いものとなっています。グループ発表の時か、あるいはそれ以前に先生の講義の中で聞いたのかもしれませんが、戦争で奪われた命を表現するのにはぴったりと当てはまっているように思うからです。戦争の、人間としての尊厳を奪う理不尽さを強く感じました。

 印象に残っている作家は、グループ発表でとりあげた原民喜です。彼のちょっと普通ではない(怯え過ぎなところ)性質や、原爆経験後、原爆被害にあって亡くなった人々の代弁者としてのみ生きた三年間にも強い印象をうけました。「原爆小景」は、おそらく戦争文学のなかでもかなり明確に原爆投下後の様子を描いているのではないかと思いました。
 最後に、「戦争と文学」の講義を受けたことで、戦争は遠い昔ではなく、比較的私たちに近い過去に起きた出来事であり、この事実を語り継ぎ、考えつづけていかなければならないという思いがより強いものになりました。

3 OT生(国文学科4年)

 私はこの講義を受け、戦争と文学というニュアンスの難しさのようなものを改めて感じさせられた気がしました。戦争というものを文学を通して書くということの難しさというかその方法の選択性や、正確性、または文学的質とも照らし合わせたときの評価など、一口にいえない膨大さがあったように思います。

 特に戦争経験者と非経験者という著者の違い。また同じように原爆の直接被害者(被爆者)と体験を聞いただけの非原爆経験者による著作など、とくに後者においては戦争をただ経験するというだけではなく、また特別な状況、事態に対する内容なので、その体験如何によってその中身もやはり温さを伴ってしまったり、緊迫、切迫した雰囲気の薄いものとなったりと、戦争を表現することの難しさというものが良く分かった講義内容だったと思います。

    前半の先生の戦争文学の定義や解釈からの入りは、この授業の方向性をまだ充分に理解できていなかった分だけよかったと思います。やはり、その戸惑いからか積極的な議論には発展しなかったのは仕方がなかったのかもしれません。

    所々で感じた自分の意見としては現在自分自身が直面している「卒論」とも関係するのですが、その作品研究を最初作品のみの解釈でやろうと試みた所、結局どう突付いても著者と鉢合わせて苦しむ結果となってしまいました。少しその内容から方向転換し、題目を変えて児童文学の観点からの研究に変えてみたのですが、そこでも、著者という位置付けは重要で、特に児童文学においては著者のこどもに対して書くという思いが児童文学の重要な観点であることからも、そのことを導き出す上でも、著者という存在は私にとって作品からはずせないものとなってしまいました。もちろん作品の一人歩きという考え自体は的を得た意見であり、そのように見なければならない内容、また著者をはずして初めて見えてくるということもあるという事実はありますが、やはりそのひとつの作品を創り上げた著者という存在は重要なポジションを占めて常に存在し、いつでも作品の評価に加えるということは可能であると私は思っているということです。

    ただし個人的に作品オンリーの自由な読みは本当に好きな分野であることに違いはありません。学生報告の内容はやはり前半生徒の態度、作品の内容共にぎこちないものでしたが、後半に流れるに連れて、意見の交換も出てきて、内容もよくなっていっていたと思います。しかし、発表形式は苦手な人も居るので、出席が滞る班がでたのは残念です。ただ、私としては自分の班で決して良い内容の、また質問に対しても的確に答えられたとは思えませんが、自分たちの意見を前面に出せたと思っているし、発表の場を設けたことは結果的に良かったのではないかと思っています。

    最後の作品研究という課題が難しい所はありますが、学生方向などでノウハウはまかなっているので新しく取り組む以外では、あと前々から準備などしていれば厳しいという内容ではないので、悪いというものではありません。
前期のこの研究授業で少しでも戦争と文学の関係を探れたことはとてもよかったと思っています。

4 KM生(日本文化学科1年)

    「戦争と文学」を受講したのは、文学が好きな理由と、戦争の文学が何を物語るのかなど興味が持てたからだ。これまで教科書などで学んできた作品だったので、取り組みやすくて良かったと思う。

  「戦争は文学でどのように語られているのか」というテーマがあり作品の背景や作者自身と作品の関わりなど、多様な視点から作品を見つめることができ、とても充実した講義内容でした。選択授業のため、いろんな学年の生徒が集まった講義だったので、グループでの作品研究発表は絶対嫌だったのですが、一つの作品に対する皆の感受性を知ることができ、今はやって良かったと思っています。

    私たちは一番最初の発表だったので、レジメも十分な内容とは言えず、作品の読みも参考文献に頼りながらの中途半端な発表に終わってしまったので残念です。発表しているときから失敗したなと感じました。でも、グループの人と集合して一生懸命取り組んだことは後悔していません。

    発表が進む中で、学年が上の先輩たちの作品発表が高度になっていくのに感心しました。レジメの準備もしっかりしていて発表内容も濃く、自分たちの読みとして作品に取り組めていたグループもあり、さすがだなと思います。見習えることを吸収して次の発表に生かしたいです。

    「戦争文学」は、原爆被災者が語る作品、戦争体験者が語る作品、戦争体験者ではない人の作品など様々だということを知りました。語る人によってそれぞれの「戦争文学」が生まれ、読む私たちがいろんな方向から戦争を見るという影響を与えています。語られた「戦争文学」が必ずしも正しいとは限らないかもしれませんが、平和を願う気持ちはどの作品にも込められているのを感じます。

    この受講で「戦争文学」の重要さをたくさん学べました。講義お疲れさまでした。そして、ありがとうございました。

5 TK生(商学科2年)

 難しい言葉を使いすぎだ。言葉はその人の考えを伝える手段であって通じなければ意味が無い。単語の意味をわかりそれが考えの中で一番近いと感じるのだったら良いと思うが、どうも格好良さをつける為に書いている様に思えてならないモノもあった。

 例えば16班「水ヲ下サイ」の解釈中にあった「人間性」である。このかなり抽象的な単語。はっきりとした意味がわからなかったので質問してみると、「人間には目とか鼻とか口とかがありますよね。そういうのが無くなることです」。どんなに意味のわからない者でも明らかに違うと判断できる。そこで続けて質問、「人間性とは外見の事なのですか?」。質問に答えた者がたじろいでた。幸いこの部分を書いていない同じグループの方から答えが返ってきた。そのグループの発表が終わった後、最後にご返答を頂いた方と教室の後ろでこのグループ(というよりこの方が)思っている「人間性」について聞き出すことができた。この方には感謝したい。

 7班発表の金井直、「木琴」で質問した「何故に木琴なのか」について私の考えを述べたい。あの時は時間が無く考えがまとまっていなかった。というよりも先生に逆に質問されるとは思っていなかった。そんな中で軽く考えたあげくはっきりしていない考えを述べた事は失礼に当たると思うのでここで改めて述べることにする。

 金井直が「木琴」を使った理由。私は考えた。木琴という楽器を使っているのだからきっと音と関係するのではないだろうか。木琴は水っぽい深い音を奏でる。ポン…ポン…ポン…。

    以前聞いたことのある木琴の音を頭の中で鳴らしていくうちに、ふっとした考えが浮かんだ。“もしかしてこの音に近いのではないか。”つまり金井が回顧する戦争時の思い出は、この音が感じさせる雰囲気に近いのではないだろうかと云うことだ。そう考えると「木琴」という詩は二つのモノを媒介に表現された詩となる。文字と音とを媒介に表現された詩。それを念頭に読み返してみると最初読んだときとはまた違う雰囲気を感じた。

 詩というモノには今まで触れてなかったが、授業を通してそれに向き合う機会が出来た。今まで触れなかった理由もわかった。詩は難しい。きっと前にも同じ事を思ったに違いない。また先生の解釈で“なるほど!”と思ったこともあれば“はあ〜?”と思えることも多々あった。“当たっている!”つまり自分の考えにより近いと思える事は稀であった。

    先生も言っていたと思うが考えや感じたことは十人十色だ。先生と違う考えを持てた時は嬉しかった。私達が発表した「火の記憶」で蔓草を先生とTは理性と捉えていたが私は戦前の作者(またはどこまでも行けると感じているモノ)と捉えていた。考えの違いがあることを知ったときはなかなかドキドキしてました。

 授業は案外静かだったけど(講義をとるときはそうなるとは思わなかった)自分なりに楽しんでいました。短い間でしたけどありがとうございました。

    またの機会に本や文学の話をできたら素敵に思います。ちなみに山田詠美、ドストエフスキー(山田詠美は直接的表現ではなく感触でもって表現していくから面白い。ドストエフスキーはあまり理解できないので面白い。)が今のところ好きです。これからはまず有名どころを読んで行きたいと思っています。色々考えて訓練等もし自分の表現したいことを言葉として書き出せるよう頑張っていきます。将来有望だなあ〜。では、次逢う時までさようなら。

6 IK生(社会文化学科2年)

 今回「戦争と平和」を受講してみて、最初はどのような講義になるのか全然予想がつかなかったが、作品ひとつをとってみても時代背景や、作者の戦争体験の有無、軍国教育の内容等々、いろいろなことがわからないと作品の読みは深まらないということと、受け手によって様々な受け取りかたがある事がわかりました。

    特に印象的だったのは、戦時中に作家達が従軍記者として戦争賛美の文章を書いていたこと事実や、それを拒んだ作家達の迫害などを考えると、戦争賛美を戦後に修正しようとする作家の思いとはどんなものなのか興味を持ちました。戦前、戦中、戦後の作品として捉えてみたら良くわかるような気がするので機会をみつけて読んで見たいと思いました。反戦を唱える作家の排除は、民主主義の現在でもあると思うので、作品ひとつとってもいろいろな角度から見ていく大切さを身につけていこうと強く思いました。

 講義の展開方法として、グループワークはとてもためになったし、一番印象にのこる作品になりました。調べていくなかで、ひとつ知識が増えると解釈に深みがでてくることを肌で実感できたように感じます。このグループワークは今後も続けたほうがいいのではないかと思いました。

7 OT生(社会学科3年)

    講義を受けての率直な感想は勉強になった、である。とくにグループ発表から私は学ぶことが多かった。詩というものはおもしろいもので、人によってまったく解釈がことなる。一度読むのと二、三度読むのとでは詩から伝わってくる内容も変わってくる。

    私のグループは「お辞儀する人」を発表した。私は一度読んだだけではあまり内容が伝わってこなかった。しかし、作者のことを調べたり、残留孤児のことを調べたり、当時の新聞を読んだりすることによって今まで見えなかったことが見えてきた。グループ発表をすることによって内容が深まっただけでなく、授業に積極的に参加し、受身ではなく私たち一人一人が授業を行うことができてよかった。

    他のグループの発表を聞くと毎回感心した。私が感じる詩の印象とは違ったりして、こんな解釈の仕方もあるのだと勉強になった。もしかしたら先生もいろいろな詩の解釈を聞いて楽しかったのではないかと思う。

    私はこの講義を通して戦争の悲惨さや、無情さがよりわかった。今までは写真やテレビのVTRなどで戦争の生々しさを見てきたが、詩を読んだほうが戦争の恐怖を感じた。なぜだかよくわからないが、多分、作者は私たちに一つの表現をいろいろな角度から捉えさせ、はっきりと何を伝えたいかを表わさない。それによって私たちは詩を深く読むために、状況を想像し、登場人物になり、まるでその場所にいるかのような錯覚を起こす。それにより戦争のリアリティを私たちは感じるのではないだろうか。

 戦争に関する年号や犠牲者の数を試験のために覚える戦争教育よりも、先ず、詩を読みそこから戦争を学ぶほうがよいのではないか。写真も、VTRも、詩も、戦争体験者の話も、結局伝えたいことは一つ、そして私たちがそれらから学ぶものも同じく一つである。それは「二度と悲惨な戦争を、憎しみしか生まない戦争を起こしてはいけない」である。
私はブッシュ大統領に「戦争と文学」の講義受講を勧める。

8 OA生(日本文化学科3年)

    「戦争と文学」という科目名で、戦争と文学はどのような関連があるのだろうと興味が湧きこの講義を登録した。いろいろな戦争に関する文学作品に触れることで、戦争体験者、つまり作者が戦争の状況や悲惨さを伝えるためには、文学作品として世に出すことが一番手っ取り早い手段であったということがわかった。

    文学であるために読み手は、創造を膨らませて読むことが出来る。その利点からして、文学として戦争を伝えることは最適だったのではないだろうか。しかし、戦争がどのような経緯で始まったのか、原爆がどういうもので、どのような被害をもたらすかなど歴史的背景をしっかりとわかっていないと深く作品に入っていけないと感じた。この講義を受けていなければ、原民喜や金井直などの作家や作品に出会うことなく一生を終えていたかもしれない。沖縄に生まれた以上、私たちはもっと戦争について深く考えてもよいと思う。この時期に戦争文学作品に触れることができ非常によい経験となった。

 講義の展開としては、意見が出ずに発表が終わってしまうことが多くて残念な気がした。アンケートにも書いたが、少人数だともっとよい講義になったと思われる。私は、日本文化学科で教職も履修しているので、作品を読むことにはあまり抵抗がなかったが、他の学科の生徒はどうなのだろうと感じた。

9 GN生(日本文化学科3年)

 これまで戦争文学を、そこまで意識したことがなかった。しかし、今回先生の作品研究や受講生の行った作品研究を見て、文学を通し戦争の状況を伝える作者の思いなどが、こんなにも深く濃いものか、ということが分かった。

ひとつの作品から読み取れる戦争の悲惨さを、わたし達は見落としがちである。ひとつの作品から、作者のいわんとすることを、作品を受け取るわたし達は感じ、見つめ、考えなくてはならない義務のようなものがあると思った。

 始めに行われた先生による講義は、内容の詰まったもので大変よかった。しかし、その後の学生による発表計画が、あまりしっかりしていなかったので、研究する作品の決定を始めにちゃんと決めることが必要だと思う。私自身、発表班との集まりがスムーズに行えなかったことに反省している。しかし、発表した人達は、みんなよくがんばったと思う。私は日本文化学科の学生なので、文学作品によく触れる方だと思う。でも、他学科の方は文学作品研究をする機会はないに等しいと思う。そんな中、よくがんばったと思う。

 「戦争と文学」で、先生がいつも熱く語る原爆や戦争の話は、私に大きく響いた。学びの多かった講義で充実していたと思う。

10 MS生(人間福祉学科1年)

 今回の講義ではさまざまな文学作品に触れることができました。私はもともと本を読むことが好きなので毎回作品に出会うことがとても楽しみでした。

 戦争という限定されたテーマの中でもたくさんの作品、作家が存在しているということに驚きました。そして被爆や従軍記者、ペン部隊などと形は違っても作家自身の体験にもとづいて書かれている分だけかなり現実味を帯びている作品が多くて、たまに身震いをしてしまうほどでした。

 また、私が今回の講義で最も面白いなと感じたこと、それはグループ研究です。本格的に行うのは初めてだったし、知らない人と組むということで不安もありました。さらに、作品研究なんて難しいと決めてかかっていたので初めはすごく憂鬱でした。しかし実際に各グループの発表が始まってみると、ひとつの作品でも一人一人違った解釈があり、それがさらに数人の人の考えとなり新しい解釈を生み出していくところがとても面白いと思いました。

 自分では思いもつかないような考えを持っている人がいたり、解釈に対する質問があったりと、考えさせられることが多かったです。実際自分自身でもやってみると、普段何気なくしか読んでいない文章も歴史的背景や作者の心情を考えながら読むことで、今まで見えなかった登場人物の心情や場面の移り変わり、背景などが見えてきて新しい発見が多かったです。一緒に組んだ人が四年次ということもあってか、やはり自分より深い読みをしている部分があったりして面白いなと思いました。

 グループ研究のおかげで、受身ではなく自分から授業に参加できたと思います。また、視点を変えてみることで同じ作品でも違ったように見えて、新しい楽しみ方があるということがわかりました。これからの講義でもぜひ続けていってほしいと思います。

11 HY生(社会学科2年)

 講義の中身が思っていたよりも、文学に重点があると思った。日文学科の専門科目のように感じられかなりとまどった。また、共通科目でグループ発表があるとは思っていなかった。

 発表は、各グループとも力作だった。しかし、日文はともかく、他学科にとってはかなり高度な内容だったと思う。「作品の読み」という言葉の概念自体がわからないし、また、文章の技術などは、他学科の人はほとんどわからず困っていた。真面目にやろうとすればするほど困る。もう少し、作品を読み解く方法論についても勉強しなければついていけないと思った。

 戦争の問題も考えたいし、文学も好きだからという動機で受講したが、戦争そのものについてもっと詳しく勉強したかった。社会状況がどのように文学作品に影響を与えたのか、どのように文学が政治的に利用されるのか具体的に知りたい。このような観点については確かに言われていたが、歴史的に具体的にやりたかった。

 現在の世界で戦争が起こっているなかで、この現在に生きる私たちが過去の教訓からどのように学び現在に生かしていくのか、に一番の問題意織があるので上のように思った。

 私は「お辞儀するひと」(安西均)について発表して、中国残留孤児の問題を調べる機会になったのはよかったと思っている。背景を知れば知るほど、こんなことが許されていいのか、といった気持ちが湧いてきた。そしてこの問題が今なおまったく解決されていないということにさらにショックを受けた。今後学んでいくうえで新たな視点を得たと思う。だから、この講義を受けてよかったと思う。

12 TJ生(商学科2年)

 戦争と文学では、人数制を持った方が良いと思う。何故なら、そのほうが良い意見が出やすいと思うからだ。20人ぐらいで、小部屋で授業した方がもっと身になる気がした。あと、生徒の発表をした後に質問させるのはいいが、そのグループのレジュメは、一週間前に出させた方がいい。その方が質問させやすく時間もあってもっと深い授業になったと思える。

 文学は、作者の意図したとおりの解釈ではなく、自分つまり読み手が考えた事をその文学を読んだ人々で話し会うことで、深まる事は分かっていたつもりだった。でも、初めて体験して、当たり前のことが、新鮮に感じた事は確かで、もっとやりたいことだと思った。

 また、戦争という重い話では、体験できない私たち世代の唯一の手がかりであり、今あらためて考えなければならない課題だと思わざるをえない。

 しかし、この戦争と文学を受講したわけだが、戦争といういうよりは、日本の中の戦争しかなかったのが残念だった。アメリカとの比較やナチスの考え方等の文学があれば良かったと思う。先生だけでも日本とアメリカの対比やナチスの考え方を授業でしてもよかった。日本だけの視点ではないほうが良かった。

 また、もう少し戦争を中心にしてもよかった気があるが、それでも、文学のおもしろさは分かったし、今の文学もこういう風に対話することも必要だと感じた。戦争についてはまた考え直さなければならないし、その文学を読むことはその最初の一歩だと思う。そのきっかけをつくるためにも、次もがんばってください。

13 KA生(国文学科4年)

 この講義は、私には難しかった。もともと、戦争の作品を読むと気がめいるので、好きではなかった。しかし、国語の教師になりたいので、戦争文学の勉強は必要だろうと思い、受講した。

 講義で原民喜の作品を初めて読んだが、やっぱり重く、気分が沈む。被爆者の描写がとてもリアルで、辛かった。峠三吉の詩などもそうだ。戦争の罪の深さを想う。多くの悲しみや憎しみを生んだ戦争。それは敵国へ向けるのではなく、ましてや原爆を落とした米軍などに向けたってしょうがない。自分たちの心に向けるべきものだと思った。私たちは戦争を直接には体験していない。しかし、惨劇が起こった罪は、一人一人が背負っていくべきものだと思う。

 グループ発表では、あまり戦争描写のない、「川とノリオ」を選んだのだが、残酷さがない分悲しみが強い作品で、おじいちやんが涙を落とす場面で私も泣けてきた。一人の人間に沿って戦争を見ていくと、自己投影しやすく、読み手にその悲しみややりようのない気持ちがひしひしと伝わってくる。そこが、戦記とは異なった戦争文学の特色であると思う。

 戦争文学は取り扱いが難しい。今回のレポートも含め、作品研究はうまくいかなかった。何をどう書けば良いのか絞り込めないまま、ずるずると書いてしまった。

特に今回の「亀甲墓」は、戦争というより沖縄の土俗的文化が中心となっている作品だったので、選ぶのを間違えたかなという気がした。書いていて自分でもよく分からなくなった。理解しづらいレポートになっていると思う。すみません。

 戦争文学は、文学においても、教育においても、重要な位置を占めている。これからも考えていきたい課題となった。

14 SK生(日本文化学科1年)

    この講義を受けて文学の奥深さを改めて知ることができた。しかし、初めのうちは講義が退屈に思っていたのだが、注意深く先生の話を聞き、メモをとるようになってからは、興味が湧いてきた。さらに、学生たちによるレポート発表の場では、上級生のレジメに、自分では思いもしなかった解釈が多くあり、とても興味深く勉強になった。

    講義内容は、文学の方に重点が置かれていたように思う。よってもう少し戦争について知識が必要だと感じたので、戦争についてもう少し触れてほしい。

    私は原民喜の「夏の花」について調べ発表したのだが、先生の講評を聞いて、自分が参考文献に頼りすぎて、レジメを作成してしまったことに気づき、勉強になった。さらに原民喜についても勉強不足であったと反省させられた。これをいい経験にこれからの様々な課題に役立てたい。

15 KK生(日本文化学科1年)

(1)講義についての感想
    結論から言って、とても楽しく授業に臨めたと思う。初めは、戦争や文学の基礎的な知識から授け、その後、学生の研究報告などをすることは大きな意義があると思う。

    まず第一に、発表する側にとっては、その作品について深く研究することによって、自分なりの解釈が生まれ、自分自身で考えることができる。普通は、教授の考えに圧倒されやすい。第二に、報告を受ける側は、教授一人だけの考えじゃなく、様々な意見を聞くことができる。つまり、他方から視点を変えて、一つの作品を見つめることができるのだ。
このようなことから、この講義にはメリットが多いと思われる。

(2)戦争作品の感想
    戦争を経験していない私にとって、この授業を受けただけではまだまだ戦争を語れないが、たくさんの作品に目を通すことによって、改めて戦争について考えさせられたことは確かだ。文学の中に宿る戦死者の声が届きそうになるくらい熱中して作品を読んだ。言葉の一字一句に込められた思いや願いは、本当に重い。

     戦争作品を通して本の読み方を改善すべきだと思った。今までは、さらっと流して読む方が多かったのだが、一字一字意味があることがわかると、それを追求しようと考えるようになった。これもこの授業の一つの収穫だ。

(3)まとめ
    すべての講義を終え、レポートを作成するにあたって私はとても苦労した。「この言葉の意味はなんだろうか。」と常に心のなかで葛藤をくり返していた。こうやってなんとか一つのレポートに書き上げることができたことを嬉しく思う。しかし、「戦争を知るために戦争文学を読むのか」または、「戦争文学を通して戦争を知るのか」という先生が言った課題は正直いまだ答えを導きだすことはできない。だから、私は、答えが見つかるまで研究を進めたいと思う。ゴールがいつになるかは分からないが、答えを手にしたときは、自分にとっては大きなものになるような気がする。

16 AD生(商学科4年)

    戦争と文学というものが初め聞いたときは、どういうものなのか分からなかった。しかし、講義を受けていて、関心をもつようになったし、話も楽しく聞くことができた。先生のレジュメに沿っての進め方も勉強しやすかった。

    戦争と文学の関わりも知ることができたし、戦争に対する考えも前よりも深まった。講義の進め方も良かったが、授業の最後にあわてて進めるよりは、もう少し時間にゆとりをもって進めてほしかった。

    作品研究と発表については、もう少し工夫が必要だと思う。みんながみんな顔や名前を知っているわけではないので、グループ同士座席を組むなり顔合わせをできると良かった。

17 AH生(法学科4年)

    戦争と文学を学んで、深く考えずにかわいそうだ、など簡単にまとめていたが、その作者の内面まで見るようになり、かなり捉え方が変わった。作者は戦争を知らない世代に、かわいそうだったんだなと思われるために作品を作っていたんではなく、もっと内面の自分を戦争の本質も知ってほしくて作っていたんだと思った。

    今回、原民喜という人物についてたくさん学んだが、彼の作品に出てくる「彼」にすごく惹かれた。カッコいいとかではなく、凄く人物がリアルに感じられた。そういった点でフィックションのようでありノンフィックションのようであり、凄く不思議な作風だなあと思った。

    講義内容は、少し難しくもあったが、こんな捉え方があるのかと思う場面もあり楽しく聞けた。また、発表でもただ単に、こうなんだよというだけでなく、学生の新しい捉え方を理解してくれた点などはうれしかった。対等なんだと感じた。少しテンポが早いような気もしたが、一つ一つの作品や作者について詳しく説明してくれたのはうれしかった。

    戦争を扱った作品だからしかたないのかもしれないが少し重い感じの内容が多かった気がする。もう少し明るい内容の作品があっても別の味方が出来ておもしろかったのではないかと思う。

    文学の捉え方は人それぞれで、感じ方もそれぞれで、作品が完成した時点で作者の手を離れるという話はとても当たり前の話だが、すごく新鮮で作品を読む時に凄く楽になった。読書は好きだが国語はあまり好きでなかったが、もし国語がこういう授業ならもと楽しくなっていたのにと思った。半年間でしたが楽しかったです。ありがとうございました。

18 OT生(日本文化学科1年)

   「戦争と文学」の基本的な定義付けをした上で行われたこの授業はとても楽しかった。多くの作品に触れ、改めて戦争という行為の愚かさを感じ、悲惨さを作品内に垣間見て、作者の訴えようとすることが心に染みた。

    現在でも戦争は行われ、世界の嘆きや悲しみが終わらない中で、このような授業をすることは意味があると思う。戦争を意識し、文学を通して「戦争」を探ることは平和を捜す糸口ともなるからである。

    授業の中で、「戦争」という渦に巻き込まれた文学者がどのように関わってきたのかという話で、賛成派となっていた人々のリストを見た時は一番驚いた。有名な文学者が沢山おり、戦時中のことをおくびにも出さずにその後をすごしていたのかと考えると少し残念に思われた。ただ、それだけ「戦争」というものが彼らの表現の自由を強い圧力で潰していたのだなと感じた。

    この人たちは戦後、どのようにその責任を果たしたのか。それが少し気になる。実は二つほど残念なことがある。

    一つは、後半がまるまる「作品研究」と発表で埋まってしまったことだ。学生の発表も素晴らしかったけれど、やはり「講義」である以上は、もっと先生の話を聞きたかった。 二つ目は、沖縄関連のものが少なかったことである。ただこれに関しては、レジメに沖縄戦の戦場は文学として成立しにくいとしているように、題材を探しにくい、時間を作るのが難しかったからと色々な理由があるのだから仕方ないのだろうとは思った。

    「戦争」に関する物事、意識は現在風化しつつある。平和を願う意思や建物が消えていけば、また戦争は繰り返されていくと皆が危惧している。私も戦争は嫌だけれども、だからといって、どう関わればいいのかも分からない。だからこの授業を受けて「戦争」に関する知識を少しでも得たかった。今回、この授業を受けられて良かった。改めて「戦争」を意識できたし、それに関わって文学者のことも勉強できた。これからも多くの作品を読んで、もっと「戦争と文学」を考えていきたい。

19 MY生(日本文化学科1年)

    この講義を受講するにあたり、講義名通り、戦争と文学という相互的な存在かつ密接な関係でもある事柄について広く学べると思った。

    講義内容は、日本の戦争、とりわけ一番被害が大きく、非人道的な原子爆弾に関する文学を取り上げ、作者の生い立ちや戦争体験がいかに作品と関わっているのか、ということを教わった。

    私としては、戦争という広い視野での分析、また戦争によって様々な側面を内包しているので、その部分を取り上げながら、世界各国の状況や影響等を解説してほしかったので、講義としては少し物足りなかった気がする。

    しかし、学生に研究発表をさせるという点はとてもいい。なぜなら、一人一人の感想や意見、グループでの解釈に触れることで、他の人の作品に対する読み方や受け止め方の違いを知り、また、そのことで自分自身の考えをより深く、深めることができるからだ。
接することは多くても、意見を交わす機会の少ない大学だからこそやりがいもやる意義も大きい講義であった。

20 YT生(国文学科4年)

     戦争を体験した人たちが描いた詩や小説がどんなものなのだろうかと思い、この講義を受けてみようと思った。実際にこの授業を受けて思ったことは、戦争文学と一言で言っても書く人たちによっては戦争の残酷さを描いたり、戦後をひたむきに生きようとする作品などいろいろあり、とても深いものだと思った。

    グループで組んで作品を考察するのは戦争文学以外にも言えることだが、人によって様々な感想をもつためにその作品に対して新たな印象を持てて興味深い。

21 NY生(経済学科1年)

 戦争と文学の授業では、戦争時代に書かれた文章を、今の私達の視点で読むのではなく、その時代を生きた人達の生活や環境などを考えて読んでこそ、文章の本当にいいたい事が分かってくるのじゃないかと思いました。

 授業での発表の、自分で調べた詩や文章、人の発表を聞いたもの、それは今まで何度か聞いた事のあるものでした。しかし、文章を深く読みすすめる事によって、全ての文章が今までとは違った意味をなすものだったのだと気付きました。

 自分は授業の発表で、「木琴」という詩を調べました。初め「木琴」について調べる事になって、よく知っている詩だから簡単に考察もできるかな、と思っていました。しかし、それは逆で、今で親しんできた詩だけに、自分が初めてこの詩を読んだ時の固定観念が抜けませんでした。でも、読む視点をその時代を生きた人々になって考えてみると、今まで自分が考えていたものとは、全く違った見方になった、それが正しいとは言えないけれど、一つの文章にもう一つの見方ができるようになったのは、とても大きな成長だと思いました。
 この授業を受けて、戦争文学はただ読んで、「戦争はもう二度と起こしてはならない」とか、それだけの感想では終わっていけない。もっと深いところまで考えなければならないものなのだと感じました。前期間ありがとうございました。

22 HM生(商学科4年)

 講義のはじめで、「戦争文学」とは戦争と人間の生きざまの表現ということで、戦争という特異な状況の中で、人間はどう生きていくのか、どう生きようとしてたのか、どう生きてきたのかをリアルに表現しようとしたものが「戦争文学」である、ということを説明してから講義を進めてもらえたので、とても分かりやすく学べました。

 また、先生が戦争に含まれる作品を読んで、先生自身がどんな風にその言葉の表現をとらえたのかを説明してもらった時に、自分がいかに言葉の表現を無関心に読んでしまって作者の心情や表現したいことを理解していないかということを感じました。私が講義の中で印象に残った作品は「火の唇」で原爆投下による生活状況の変化や主人公の心情を考えるとゾッとしました。

 後半の講義では、いろいろな作品に触れていくことで言葉の中に隠された心情が多少理解できるようになり、戦争の恐ろしさや、悲しさ、残酷さなどを感じることができました。
戦争体験者でない私たち世代にはこのような文学がなければ、今後の世代に戦争の恐ろしさや悲惨さを伝えることは難しくなると思います。講義の中で戦争を知るという大切さと、文学の大切さの両方を知ることができました。

23 GT生(法学科1年)

    前期期間、先生の「戦争と文学」の講義を受け、さまざまな作品を研究した。戦争作品については小さい頃から学校で勉強していた。しかし戦争作品がこんなにも奥が深く、戦争の辛さ、悲しさ、残酷さ、また、もうこんな悲劇を起こしてはいけないという訴えが表されている作品だとは思わなかった。

    先生や、いろんな班の作品研究を聞いて毎回毎回たくさんのことを学びました。私が入っていた16班は「水ヲ下サイ」という作品を研究した。「水ヲ下サイ」は、中学校の国語の授業でも勉強した経験があった。あの頃の「水ヲ下サイ」を読んでの感想は、「かわいそうだな。熱くて水が飲みたいんだな。」としか思わなかったと思う。この作品がなぜカタカナで書かれているのか?だなんて思いもしなかった。

 戦争は残酷、恐ろしい、怖い、かわいそうというぐらいではない。戦争に行った男の人達は、どんな思いで行ったのだろうか。家族のことが心配で心配でたまらなかったのではないかと私は思う。中には戦争に役立ちたいと思っていた人もいると思う。その人達はどんな思いで死んでしまったのだろう。戦争に役立ちたかった人はどんなにくやしい思いで死んでいったんだろうか。戦争に行かず、戦争に行った人に無事でいてほしいと願いに願った人は、何もしていないのに殺されてしまった。食べ物もなくなり、家もなくなり、焼かれてしまった焼け野原にすわりこんで生きた心地はしなかっただろう。

    今では親から離れるのは勝手だが、戦争から子供を守るために、疎開に子供をあずける親の気持ち、親と離れる子供の気持ち、どんなに辛かっただろう。戦争作品には犠牲者の全ての声がある。それは今も私たち人間に訴えかけている。今の平和はどんなにありがたいかを戦争作品がが表していると思う。

 今回、先生の「戦争と文学」の講義を受けてさまざまな戦争犠牲者たちの声を聞くことができた。私たちの世代は戦争を知らない。しかし、戦争を知らない事の利点もあれば、知らないが故の恐ろしさもある。今の日本は戦争と関わっていないとしても、将来何らかの理由で戦争が起きた時に、私たちは戦争の悲惨を知らないが為に、これまで以上の大きな惨禍をもたらすような戦いを繰り広げてしまうかもしれない。今の日本は平和だ。昔の人々が、苦労や努力を積み重ねてできた平和だ。私たち皆の手で大事にしなければいけないと思った。前期間、短い間でしたが貴重な話ありがとうございました。

24 MT生(日本文化学科1年)

    ただ戦争の事や文学のことだけを考えるのではなく、戦争の中の文学として見るというのが面白かった。また、それぞれの班、それぞれの人でさまざまな味方があり、とても参考になった。内容は難しかったけれどとても勉強になった。これからの教訓にしたい。

    でも、自分達の班がやった「夏の花」は、前の班とかぶって大変だった。「夏の花」は高校時代に授業でやったこともあるけど、原民喜について詳しく調べたのははじめてだったので、とても面白かった。これからは自分自身で調べてみたい。

25 YK生(日本文化学科2年)

    作品のことだけでなく、作者のことについて触れるのは面白かった。作品だけでなく、作者にも深く触れることによってどのようにしてこのような作品が生まれる結果となったのかを考えるのは素晴らしい事だと思う。研究発表については、もっと深く掘り下げることができず残念だった。

    最後に講義の度毎に渡される先生のレジュメが、とても細かく説明されていて分かりやすかった。今まで気づかなかった意味などを知ることができたり、新しい発見などがあったりしてとても良かった。

26 KK生(国文学科4)

    小さい頃から「戦争はいけないことだ」と思っていましたが、「なぜ戦争は起こるのか? またその中で人はどう生きるのか? 」ということについて考えていました。

    この講義で戦争が起こる要因が「経済侵略」「国民の戦争動員への協力」といった社会的なイデオロギーが関わってくるということを知りました。また、グループ発表で戦時における人間の姿をより深く知ることは良いアイデアだと思いました。

    しかし、まだ自分の中では「戦争の中で、文学者は人間とどう向き合い、どう描き、戦争をどう見つめたのか ?」ということを消化しきれていないように感じています。また、自分はその文学者をどう見たのか、何を学ぶのか、ということについてまだ未熟過ぎると思います。これは明らかに文学部所属の学生としては失格ではないでしょうか。

    とはいえ、この講義で学んだことは無駄にはしたくはありません。自分のできる限り、戦争文学や関連資料を多く読んで、この講義のような「戦争とは何か ?その中で人はどう生きるのか?」ということを考えさせる講義に関わって、自分の課題にしていきたいです。講義お疲れさまでした。

27 OT生(経済学科2年)

    この講義は、朝一の講義でしたので、起きるのが辛かったです。また、駐車場なども混雑するので、よく遅刻してしまいました。この講義を受けたことで、習った教科書の作品などを改めて考え直したり、中学校までは先生の言う通りに学んでいたけど、この講義によって自分で作者の考えを学んだり感じたりすることができました。

28 MY生(英文学科4年)

    私は、戦争と文学の授業を通して今まで読む事のなかった、又、小中高で習った事がないたくさんの文学に出合うことができました。

 私は(他府県)出身の者なので、どちらかというと、今まで学校で習ってきた戦争文学というのは、長崎や広島、東京が舞台となったものでした。ですので、文学作品の中でも取り扱われていた「黒い雨」「ヒロシマのうた」そして「水ヲ下サイ」などは中学の時などに幾度が授業で取り上げられていました。

 しかし、沖縄戦に関する文学や知識に関しては、私が沖縄に来るまで全くありませんでした。とても恥ずかしい事ですが、去年私がこの学校に編入するまで、沖縄が唯一、地上戦のあった場所だったことなどすら知りませんでした。その時、私は、今まで知識のなかった自分自身が情けなかったけど、その反面、なぜ本土で沖縄戦についてとりあげてくれなかったんだろうと思いました。

    しかし、だからこそ、今回この授業をきっかけに、沖縄戦についての文学作品を取り上げました。二人だけの少ないグループでしたが、相手も本土出身の方だったので、お互い
知らない同士、一生懸命に取り組むことができました。そして、そこから当時の軍の看護婦としての責務の重さや、負傷者たちを思う娘の気持ちなどが痛いほどよく伝わってきました。

 また、これらの沖縄戦の作品を通して、広島、長崎、東京で起こった戦争も、沖縄で起こった地上戦も、無駄に命を落としていった人たちへの無念さは同じだと実感させられました。又、お互いに戦争を体験した人たちが、現代でも「あの時の出来事は一生忘れてはいけない」という思いが広島、長崎、東京そして沖縄も同じだという事に気づかされました。

 こういった彼らの思いを無駄にしないように、私たちももっと深く戦争の悲劇を伝えていかないといけないということをこれからずっと頭に入れておかなければならないと思いました。

 最後に、この授業全体を通して思ったことは、まず私一人以外英文科の人はいなかったので、少し心細い面はありましたが、こんなにもたくさん他の学科の人たちと同じ授業を取ることはあまりないのでとても貴重な体験になりました。また、私自身英文科ということもあって、よく英文小説や詩などを授業でやるのですが、こういった作品にもよく戦争の話が内容となっているものが多く、戦争は、分野を問わず、多くの人々に影響していることが改めてよく分かりました。これからも多くの人に多くの戦争文学を伝えていってください。今期一杯ありがとうございました。 

29 NT生(日本文化学科1年)

 講義内容は分かりやすかった。授業の前半に「文学とは何か」「戦争の概要」「戦争文学」について共通理解を深めたことが良かったと思う。それに共通理解を深めたことで、戦争という事件がもたらした被害だけでなく、政府の動きやそこで生きていた人間の動きも学べて良かったと思う。

 戦争と文学の講義を取る以前は、戦争で広島、長崎に原子爆弾が投下されたことや、沖縄戦は史上最悪の地上戦だったことなどしか分かっていなかった。しかし、戦争と文学の講義を受け終えた今では、政府の動きなどの戦争背景を考慮し、文学者や住民の葛藤なども考えられるようになった。

 戦争で受けた被害とともに、そこで生きていた人間をより現実的に、以前より近く感じることができるようになったことがなにより良かったと思う。

    また、学生の作品研究の発表はいろんな読みとり方があるんだなあと思って面白いと思った。その中でも「川とノリオ」を作品研究した五班の国文の三、四年次の発表は、考えもしないような視点で作品を研究していたので感心してしまった。同じ学科の先輩方の発表を同じ授業で聞ける機会はなかなかないので、とても勉強になった。

 それにいろいろな班の作品研究を聞くことで、いろいろな作品と出合う機会を得られた。その中でも衝撃だったのは「凧になったお母さん」である。童話としての戦争文学だったので初めて読んだ時はびっくりした。お乳や血が噴き出すことはないけれど、それほどの精神状態(あるいはもっと上かもしれない)は現実なのだろうと思った。そのような悲しい別れをした親子が何人もいた事は紛れもない真実なのだ。そう思うと気持ちが滅入ってしまう。
それはどの戦争文学にも言えることだ。しかし、だからと言って避けていてはいけない。むしろ目を向けなければいけないものなのだ。戦争の残酷さを読みとり、戦争を繰り返させないための原動力にしていかなければいけないのだ。

30 SH生(商学科3年)

    共通科目の中でも「戦争と文学」はすごく溶け込みやすい授業だったと思います。毎回配布されるプリント類も適切だったし、なにより先生の独特の声と読み方はすごく詩や文章に合っていてすぐに感情移入出来たと思います。はっきり言うと朝の一時間目だっただけにかなり眠い時もあった。昼にこの授業を移すことはできないでしょうか。

    それと、グループ分けをした時に、そのグループを一度集めて顔合せをした方が良いと思う。そんな機会がないと直前まで話かけられずに発表さえできなくなってしまうグループもできてしまうから、やはり一度はグループごとに面識させるべきだと思いました。
前期の講義おつかれさまでした。ありがとうございました。

31 KY生(経済学科4年)

    今回初めて「戦争と文学」を受講して今まで聞いたことのないようなことを学びとても勉強になった。私は経済学科のため文学を習うことが少なかったためとても新鮮だった。戦争作品の一つ一つの説明も分かりやすく改めて戦争の悲惨さを痛感した。

    中学や高校までは文の構成や表現方法などしか勉強しなかったが、この講義ではその文に隠された思いなどを個々に読みとることをしてとても良かったと思う。

    特にグループ学習の発表などでは各グループの発表を聞き、こういう考え方もあるんだということが多々ありとても刺激になったと思う。やはり同じ学生同士で発表したりすることが意外に頭に残ると思ったし、これからもこのような講義を続けて欲しいと思う。

    最後の講義の最後に原爆の話を聞き沖縄が「長崎原爆」に協力していたことを聞いてとてもショックをうけた。この「戦争と文学」を学びとても良かったと思っている。さまざまなことを学び、改めて戦争はするべきではないと思った。これからも先生には戦争の悲惨さを学生に伝えて欲しい。そうすれば作品発表ももっと深みが出てくると思う。これからは我々の時代になっていくので、このように戦争を学ばないともう一度起しかねない世の中と思う。だから私はまだまだ未熟とは思うが、「戦争」について学ぶことができて感謝している。ありがとうございました。あと、遅刻多くてすいません。

32 GM生(経済学科2年)

    戦争と言う内容は重く、ダークな内容のものがほとんどで、胸が苦しくなったり、考えさせられることが多かった。しかし、その反面、今を生きることの喜びや大切さを感じることができた。

    講義では作品の歴史的背景を詳しく説明していたのでより作品の内要を深めることができると思った。けれども、グループ研究では、作品の歴史的背景をうまくつかむことができずにいたので、今回のレポートはつかむように努力した。

    戦争文学では、始めの授業で、みんなが聞いたこと、学習した経験のあるものから触れ、詩や短編へと移り長編へと徐々に迫っていくのはどでしょうか。

    個人的には詩は短く読みやすく、一つ一つの言葉に込められた意味をつかみやすいので好きです。これから機会があれば戦争文学を読んでみたいです。

33 OS生(経済学科1年)

    私は最初この講義をとりたいと思いました。なぜかというと、昔の日本とかに興味があったからです。六月になると沖縄は毎年沖縄戦の話をよく聞きます。

    私が一番難しかったのはグループ学習です。二人以上の作品研究で意見が食い違ったり、作者の心情を読みとったりと大変でした。この講義を受けて本当に良かったと思います。戦争の悲惨さを再確認し、戦争は絶対にしてはいけないものだと実感しました。

    60年前ぐらいの日本は今とは違って、ただ食べ物や水を求めて逃げることで精一杯だったと思います。今は平和で自分のやりたいことも出来るので戦争の時に生まれていたら私は今頃はいないと思います。

34 KT生(経済学科4年)

    私は初めて戦争に関する講義をとったのですが、強く心に 感じたことは、短い詩でも戦争文学なら読者に対して感じさせることが出来る。私もそれを受けた一人であり、改めて戦争文学の奥の深さ、難しさを感じた。

    小、中学校といろいろ戦争にまつわる文学を学んで来たのであるが、あの頃というのはあらすじを感じて、ここからが一段落、二段落と文法的なことが大きかったので、作者の心情や伝えたいことが全く分からなかった。

    しかし、大学に入り講義という本格的な分野で見ると、先生の話していることには言葉の重みがあり、特に「水ヲ下サイ」のところで、カタカナにしている方法とかにも、自分ではなんのためにカタカナにしているか分からなかったところでも、発表グループや先生もカタカナにしている点でよりリアルな感じを出していると説明したところは納得させられた。

    他の学生の発表レポートの点では、とてもハイレベルな研究をして最初はびっくりした。私の考えではちょっとぐらい感じればいいだろうの気持ちでしかなかったので、1グループの発表をみて考えさせられた。1グループはレジメだけでなく黒板に紙を貼ったり、戦争に関する豆知識なども加えておりとても分かりやすかった。

    私たちのグループの「凧になったお母さん」という小説では、なかなか発表する作品が決まらなくて、しまいには先生に決めてもらった作品なのであるが、作品を読んでいくうちに、お母さんの子どもへ対する気持ちが強く感じられ泣きそうになった。子どもを守ったと思い、「ニコッ」って笑って死んでいくのだが、実際には子どもも死んでしまうという悲しいストーリにどう説明したらうまくまとめられ、みんなに伝わりやすいかなどを考えるのが一番の大事なところだった。

    講義の内容と言う点では、最初に戦争文学の話を先生がおっしゃっていたが興味を引かれるものがあまりなくて中途半端に聞いていたのだが、後半はみんなが小、中学校で一回やってきたものをやったので、懐かしい気持ちや昔はこうとられていた点も今では違うみたいな感じで、自分には関係ないような戦争文学も一回やったことのある作品をやることによって身近に感じやりやすかった。

35 OH生(商学科4年)

    この「戦争と文学」という講義を受けて、文学としての戦争と言う観点から沖縄に生まれた人間と言うのを見つめ直す機会となりました。多少大げさですが戦争を「伝える」というさまざまな表現に大変興味を持ちました。(戦争で死んでいった人々の上に、戦争の否定や肯定は成り立っているのか等)。

    現在「戦争論」という本が話題を呼んでいますが、これからこのような関連の作品や文学作品としても評価の高い戦争文学を読みあさりたいと思います。また、自分の講義の態度ですが、多少遅刻が多くて後悔しています。しかし、このような講義が後期でもあればぜひまた受講したいです。

36 TS生(地域行政学科1年)

    この授業を受けて初めて自分で文章を考察しましたが、今まで自分でもなんとなくとしか分からなかったことを考察することによってはっきり意識出来る様になって良かった。
授業はいろいろなことを感じられてとても面白かった。

37 NA生(社会学科4年)

    「戦争と文学」この授業の中で一番印象に残っているのは、やはり、グループでの学生の作品研究と発表でした。

    私たちのグループは「お辞儀するひと」を選んだのですが、選んだ理由は、今まで他のグループがやっていないこと、詩だから長編小説よりは読みやすく解釈が簡単ではないか、あと、この詩を読んだことがなく、どういった詩なのか知りたいという気持ちが主な理由でした。

    しかし、やってみると、詩は短い表現の中で一つ一つに圧縮されたものがあり大変でした。また、お辞儀一つ取ってみてもどんなお辞儀で、どういう意味がこめられているか、実際の記事を読んだりしてもグループ一人一人様々な見方があり、また、その背景には戦争の残していった大きな存在が横たわっており色々考えさせられました。

    又、戦争文学で沖縄戦について取り上げられたものが少ない、語られていないと言うのが残念に思いました。「水滴」や「豚の報い」など是非呼んでみたいと思う作品も見つかりました。レポートについては、作品の背景や解釈、位置づけなど不足している部分が見られると思うので、ホームページへの掲載は無理だと思います。すみませんよろしくおねがいします。

38 TT生(経済学科2年)

    初めに作品発表があると聞いて、受講しようと決めました。他の授業では発表する機会があまりないのでチャンスだと思い登録しました。

    僕は9班で「お辞儀する人」を発表しました。9班は僕とTさんとMさんの3人でした。TさんとMさんがとても積極的で僕はとても助けられました。TさんとMさんも僕と同じ経済学科の2年次ですぐに仲良くなれ、作品作りがとても楽しかったです。発表の日はとても緊張しましたが、終わった今は勉強になったと思います。

    終りに、作品発表は大変だけど作品作りで他の授業よりも仲間と仲良くなれるし、自分で作るので勉強にもなると思います。戦争と文学を受講してとても良かったです。

39 YN生(日本文化学科2年)

    講義の中で、皆でグループを組んでやった研究発表は良かった。作品もあまり同じものがかぶらなかったのも良かったと思う。取り扱う作品が今回教科書に載っている戦争文学であったが、幅をもう少し広げても良かったのではないか。全員が知っていると限らないので、あらすじや作者について具体的に載せる必要があるかもしれない。

40 FA生(日本文化学科1年)

    この講義を受けて、今まで余り意識しなかった戦争と文学の関連性を考えることが出来ました。私は今まで戦争文学を読み、その内容を考える事はあっても、その文学が戦争を表現する事の意味や真実性、虚構など、文学そのものについて考えることがほとんどなかった気がします。

    講義の初めに先生が言っていた「文学における戦争」という言葉の意味が少しだけ理解できたように思います。また、最初この「文学における戦争」の話を聞いた時、今のマスメディアと似ていると感じました。マスメディアと違うのは文学は必ずしも真実(事実)を語らなくても良いということで、それほど真実(事実)性が感じられないと言うことです。しかし、今も昔も戦争に利用される、という面が文学やマスメディアには見られます。そのように考えるとあの20世紀の悲惨な出来事の後も、反省することなく再びあの惨劇が繰り返されようとしていることが分かります。(文学やマスメディアは)戦争に利用されてはならない、そう強く感じました。

    講義の後半、作品研究では、初日の発表でとても緊張しました。レポートや調べ物など、小中高とは違った、「受け身」ではない講義がとても新鮮で良い経験になりました。ただその研究自体は研究が足りずにもっと深めたかったと反省しています。初日だった所為か、他の人たちの発表を聞いているうちに、私たちが発表した内容とはまた違った考えを持つようになり、その辺のギャップも楽しめました。

    高校までの授業では、詩等の解釈は固定されていて、これはこういう意味だ、としか教えてもらう事が出来ず、自分の考えが否定されることが多く、自分に自身を持てませんでした。しかし、この講義ではそれがなく、それぞれの感じ方があってもいいと言う雰囲気が嬉しかったです。

    そして、最後に一人でやった作品研究は、前に他の人たちの発表で興味を持った「ヒロシマ神話」を研究する機会が出来、難しかったけどとても楽しんで進めることが出来て良かったと思います。先生、有り難うございました。
※( )は制作者挿入。

41 SS生(経済学科3年)

1.講義を終えての全般的感想
 『戦争と文学』という講義の名称にも現れているように、「戦争」「文学」「戦争文学」ということについて、広く浅く学習する内容でした。授業時間の制約や時間配分の問題もあり、全体的に中途半端な印象を拭えません。個人的には「戦争文学」という分野について、もう少し掘り下げて学習してみたかったです。

2.講義の内容や展開方法
 生徒に研究課題を与え、それぞれグループごとに発表させるという方法は、よほど慎重に準備しない限り、うまくいかないのだと感じました。今回の講義では、少なくともグループ分けをした際に授業時間を10〜15分程度使い、グループごとに相談させるべきだったと思います。同じ共通科目を選択したというだけのアカの他人同士を一緒のグループに割り振る場合、これくらいしないと「来週発表なのにグループメンバーの顔を知らない」といった事態になりかねません。「大学生にもなる奴が、それくらい自分で何とかしろ」と思うかもしれませんが、生徒側からすれば、次の授業の準備もあるのに、授業が終わった後の短い休憩時間で他のメンバーを見つけろというのは、勝手な要求に思えます。

 今回のグループ学習について、私はあまり評価できません。戦争作品について、生徒一人一人に考えさせたいのなら、レポートを提出させれば十分ですし、一つのテーマを協力して学習させたいのなら、もっと手際良くすべきでした。それに、発表に時間をとられすぎて、授業で学んだ内容が薄かったことも、不満です(「戦争文学」という分野がこれほど底が浅いとは思えませんし)。

3.レポートについて
 レポートの内容を充実させるためにも、3〜4週間程度の猶予は与えるべきだと思いました。レポートの提出をもってテストに代えるとしたにもかかわらず、そのレポートを最期の講義の時間に与えるというのは、理解に苦しみます(※1)。ここでも、多少手際の悪さが印象に残りました。

4.印象に残ったこと
 先生の人柄の良さや、戦争に対する態度には、好感を抱きました。講義中で最も印象に残ったことは、最後の講義で、先生が太平洋戦争に対する天皇の責任問題に言及したことでした。個人的に、メディア等で「某父親そっくりの女の子」に敬語を使ったり(「*子様は、集まった報道陣に御手を御振りになられました」)、皇室をおちょくることさえ出来ない社会風潮に違和感を覚えていたので。
(制作者註) ※1…この部分は最初の講義計画で確認済みでSさんの勘違いだろう。


戻るトップへ