「夏の花」を読んで(「光村図書」3年)

1 (男子)

 「夏の花」を読んでみて、なぜ「真の花」という題をつけたかということが、不思議でなりませんでした。しばらく読んでいると、だんだん「夏の花」という意味がわかるような気がしました。

 原子爆弾に襲われ、何十万人もの人が死にました。その原爆にやられて死んだ人の霊を慰めるために、ささげたのが「真の花」であったのです。

 家々は焼かれ、だんだんと町はただれていくのを想像しながら読んでいると、なんとなく吐き気がしています。そして、そのような恐ろしい出来事が今からの時代にあってはいけないなと、思いました。

 この戦争の中で原さんは、多くの人々のただれた肢体や焼け焦げた死体を見てきました。そのような悲惨な姿をどうにかして、未来の人々にしらさなければならないとしてこの文章を書いたと思います。とてもすばらしいと思います。

 この戦争のために、どれだけの人々が苦しんだことでしょう。何の意味もない、ただの殺し合いにすぎない戦争。もし、日本が勝ったら全国の人々が喜んだのでしょうか。僕は、たとえ勝ったとしても、なげき悲しむ気持ちは変わらないと思います。
 たった二個の原子爆弾で、世にもむごい出来事が起き、人々は耐えがたい思いでいっぱいだったと思います。この「夏の花」は、多くの人々に読んではしいと思います。

2 (女子)

 私は「夏の花」を読んで、初めて頑に浮かんだのは祖母でした。私が中学に入り、よく祖母が戦争の話をしてくれたからです。修学旅行で学んだこと、祖母の話などを思い出しながら、「夏の花」を読んでいきました。

 この「真の花」も妻の墓参りのため買ったのに、「私」の買った花はヒロシマの原爆で亡くなる人の花みたいな感じになり、とてもかわいそうです。たった一つの原子爆弾によって、こんなたくさんのヒロシマの人が一瞬のうちに亡くなるなんて考えただけでも、ゾーツとします。

 この作者は命が助かり本当に良かったと思います。逃げる途中も、人々が死んで道に倒れる姿、助けを求める声、こんな人々を助けたくても、自分のことが精一杯で、助けて上げられなかったと思います。

 私の祖母も、逃げるので精一杯だったと、話してくれました。こんな話を聞くと、本当にかわいそうだと思う気持ちでいっぱいになります。

 修学旅行で、国際文化会館に行った時に見た写真、当時の衣類などが頭によみがえってきます。

 私はいつも、戦争の話を祖母から聞いて、祖母の頬に涙が落ちるのを見ると、本当に戦争はいけないものと思います。また、この「夏の花」を読んで平和が一番だと強く思いました。

3 (女子)

 「水を少し飲ませて下さい」この言葉はやがて「水をくれ」と短縮され、最後には「水……」と叫ぶようになることを他の本で読んだことがあります。

 全体を通して、戦争体験について「このことを書き残さなければならない」と感じた作者の思いは、読者の心をつらぬくものがありました。

 戦争という言葉のひびきが、戦争を休験しなかった私達中学生の心に、どのような感じを与えているかを考えてみました。

 まず、絶対戦争をいいものだと思う人はいないと思います。そして、戦争に反対するのも当たり前のことです。しかし、戦前の中学生が、日本のために死ぬことはすばらしいことだと、教育されていたということを思いだすと、胸をしめつけられた思いがします。 国のために、大切な命を落とすとは、今を学ぶ私たちにとって考えきれない、とても恐ろしいことです。そんな風に、今と昔とを比べる私は、改めて平和という本当の意味に触れたような気がします。そして、戦争をすることによって、何を得たのか考えさせられます。

 戦争による被害は、私達の想像を上回るくらいに相当なものだと思います。何よりも、多くの命を奪ったことに恐ろしさを感じます。

 戦争を訴えている本は、この「夏の花」に限らずたくさんあります。私は、もっともっと本を読んで、戦争について私が感じる思いを伝えていくつもりです。


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