国語科指導案           授業後の生徒の感想

一 題材  「ヒロシマ神話」 (嵯峨 信之)(中学3年)

失われた時の頂にかけのぼって
何を見ようというのか
一瞬に透明な気体になって消えた数百人の人間が空中を歩いている

    (死はぼくたちに来なかった)
  (一気に死を飛び越えて魂になった)
  (われわれにもういちど人間のほんとうの死を与えよ)                

そのなかのひとりの影が石段に焼きつけられている

    (わたしは何のために石に縛られているのか)
 (影をひき放されたわたしの肉体はどこへ消えたのか)
 (わたしは何を待たねばならぬのか)

それは火で刻印された二十世紀の神話だ
いつになったら誰がその影を石から解き放つのだ

二 学習目標

(1)学習目標
◎一語一語を豊かにイメージすることができる。
◎感動の中心(原爆への怒りと平和への願い)をとらえることができる。    

(2)下位目標
○ 価値目標…人間の命の尊さを深く感じ取る。
○ 技能目標…表現方法について理解できる。
○ 態度目標…戦争を憎み平和を愛する生き方をしようとする。
○ 領域目標
・聞く…他人の意見を素直に聞くことができる。
・話す…書いたことをもとにして恥ずかしがらずに話すことができる。
・書く…言葉のイメージを豊かにして書くことができる。
・読む…表現法の特徴をとらえて読みを深めることができる。                   
三 教材観

(1)題材を読む

@ 題名

 「ヒロシマ」という片仮名書きは、単なる「広島」ではない。「広島」を抽象化し一般化し、世界化した表現方法である。一九四五年八月六日午前八時一五分に落とさ された一発の原爆は、「広島」を「ヒロシマ」にかえてしまった。原爆による被害の惨劇には多くを語る必要はない。しかし、いくら語っても足りない。その矛盾をカタカナの「ヒロシマ」は世界に訴える。しかも、それは、あり得ない出来事として、一種の「神話」となった。「神話」はあり得ない架空のものである。しかし、原爆投下による甚大な被害は紛れもなく事実である。それをあり得ない「神話」としてとらえ事実として認めたくないその心理の裏側に残酷さが横たわっている。     
   「ヒロシマ神話」は、日本を超え、人類が認めたくないほどの事実として、なお継続 して今を問うている。そこには、作者のジレンマがあり、読者への訴えが潜んでいる のだ。  

A 一連

 人生の失われてしまった時間(それは殺されて失われた人生の瞬間)の頂点にかけ登って、わたしは(おまえは)何を見ようとしているのか。自分では知らない、こんな風に殺されず人並みに生きていたであろう自分の人生、その失われた人生を見ようとしているのか。それとも、己自身の姿を見ようとしているのか。

 あっという間の、数百分の一秒の間に気体になって消えてしまった、わたしと同じ数百人の人間が空中を彷徨っている。それは、もう人間とはいえない人間の形をした魂の数々があてもなく彷徨っているのだ。

B 二連

 その魂は私たちに言う。
 普通の人が体験する「死」は「ぼくたち」にはなかった。死は命の終わりであるが肉体はこの世の生の証として残る。しかし、一気に気体になって消えた「ぼくたち」は、その肉体が残らなかった。一気に燃え、焼け、灰になって飛んで消えてしまったのだ。誰の目にも触れずに「ぼくたち」は消えてしまったのだ。肉体が消えて、残ったのは誰の目にも見えない魂だけだ。そして、その魂は今空中を彷徨っているのだ。あなたにはそのわたしたちの魂が見えるのか。

 われわれが本当に生きていたという証にもう一度、人間らしい本当の死を与えてほしい。誰の目にも見える「死体」を与えてほしい。命が欲しいとは言わない。せめて本当の「死」がほしい。わたしの彷徨った魂をわたしの肉体に戻したいのだ。そして改めて安らかな「死」を迎えたいだけだ。それが、人間としてのわたしの最後の願いなのだ。人並みの「死」、「死んだ肉体」を返してほしい。

C 三連

   「肉体」を一瞬にして焼き尽くされて、一気に魂になってしまった数百人の人々の中の「一人」だけは、石段にその影を焼き付けられてしまった。肉体が瞬時に消えてしまった時、その形の影が石段に黒く焼かれ、残ってしまったのだ。しかし、それは私の「肉体」ではない。それは「影」でしかない。わたしの魂は、その影からも切り離されているのだ。

D 四連

 その人影は私たちに言う。
 わたしは何のためにこの石段に焼き付けられてしまったのか。まるで石段に永久に縛りつけられてしまったかのようだ。影は、肉体に常に付き添っているものだ。しかし、わたしの肉体は消えてしまったのだ。その影はわたしの何に付き添っているのだろう。影から引き裂かれたわたしの肉体はどこへ消えてしまったのか。わたしの影は何を待ってここにいるのか。何を待たねばならないのか。

 何のために石段に焼き付けられ、何を待っていなければならないのか。たったわたし一人だけが!わたしの魂はどこへも行けないのだ。

E 五連

 影が石段に焼きつけられてしまうことは、火−原爆の火によって刻みつけられた二十世紀における神話だ。あり得ない話だ。あってはならない話だ。しかし、それは事実なのだ。わたしは、確かに石段に焼きつけられているのだ。認めたくなくてもそれは事実なのだ。

    わたしの影は五十年も石段に焼きつけられたままなのだ。あってはならないことが、ここで起こされてしまったのだ。1945年 8月 6日午前 8時15分−「広島」に原爆が投下された。そして、約二十万人の人が死んだ。その中の数百人は肉体を消され、一気に魂になった。わたしは、その肉体の影が石段に焼きつけられた。肉体から切り離されて焼きつけられてしまったわたしの魂は、どこへもいけない。肉体を失った魂は、死んだ肉体を求めて彷徨っている。一体、わたしはいつになったら安らぎを得られるだろう。

 誰か来て、わたしの影をこの石段から解き放しほしい。そして、わたしの魂をはやく自由にしてほしい。それは、「あなた」しかいないのだ。早く来てわたしの魂を救ってほしい。すでにわたしの魂が彷徨って五十年になった。一体いつになったらわたしは救われるのだろう。わたしのことを知っているのはあなたたちだけなのだ。

(2)作品の構成について

 この詩は、五連から成立している。
 一連は、原爆で亡くなった人々の中で、爆心地付近での死者のことを描いている。爆心地付近では、数千度の高温になり、あらゆるものが一瞬に燃焼してしまうのだ。この高温によって、人間も一瞬にして消えてしまった。それはもはや「死」とはいえないのだ。「死」を迎えなかった人々の魂は彷徨するしかない。         

 二連は、この「死」を迎えなかった人々の魂の声を伝える。それは、「 」ではなく、心の言葉として( )で表現している。(死はぼくたちに来なかった)と、一人ひとりの声が聞こえてくる。そして、(われわれにもういちど人間のほんとうの死を与えよ)と、一つの主張となって訴えている。

 三連は、クローズアップ方法によって、数百人の魂の中の一人に焦点を絞り、石段に焼きつけられた影を描く。

 四連は、その一人のさらに悲惨な声を伝える。二連と同じ手法で。しかし、ここではすべてが訴えとなって読者に迫ってくる。原爆を落とした者、戦争を起こした者、そして、今を生きている者への訴えとなっている。

 五連は、これまでの集約として、人類のすべてに行動を呼びかける。やがて二十世紀はおわるのに、原爆の危険は一向に遠のいていないのだ。三度原爆の被害を受けないとだれが保障するのか。「わたし」の影はまだ石段に焼きつけられたままなのだ。 この五連に主題が集約されている。                     

(3)教材化の視点                                  

 詩は凝縮された表現の中に、作者の意図が濃縮されている。読者は、表現された一語一語を紐解きながら、言葉の奥に隠された真実を読み取っていくのであるが、その方法は、言葉のもつ表象性である。「ヒロシマ」と「広島」では明らかにその表象性は違ってこよう。(・・・)と「・・・」とでも同じことが言えよう。

 生徒がこの詩の一語一語の表象性をきちんと読み取っていけるならば、作者の意図は十分に読み取れるものと思う。

 生徒にとって困難な用語も多々あるが、それは、修学旅行の長崎原爆資料館の見学などの学習をとおして、また、教師の説明によって補っていけるであろう。

〔困難と思われる語句の意味〕                         

○失われた時=原爆で残りの人生を失われたその瞬間/一九四五年八月六日午前八時一五分のその時。                               

○透明な気体になって=物質の状態は固体、液体、気体の三態であるが、通常は、固 体から液体へ、液体から気体へと変化する。また、その逆である。しかし、特異な条件下では、その変化に異常性が現れる。

 原爆の被害は、爆風、熱線(光線)、放射能の三つに分かれる。その中の熱線による被害による死者がこの詩の主人公たちである。熱線による被害は、もちろん焼死であった。なかには高度な熱線のために体内まで障害を受けた人もいた。死にはいたらなかったもののケロイドを負ってしまった人も多い。もっとも悲惨なのが、爆心地にもっとも近い所で被爆した人たちで、あまりの高温のため一瞬に蒸発してしまった人たちであった。この詩に出てくる「一瞬に透明な気体となって」は、その熱線によっ て、固体(肉体)から気体(魂)になった異常性を表現している。

 ちなみに、爆心は摂氏数百万度となり、火球の表面温度が、約三十万度である。また爆心地付近で三千〜四千度、一キロはなれたところで千八百度といわれている。   

○空中を歩いている=さまよっていることの比喩的表現である。目的(肉体)のない魂が自分の肉体を探している様子を表している。

○死は・・・来なかった=死は通常、肉体の絶命によって完成する。そして、魂が肉体から離れ他界する。肉体はこの世の生の証として葬られる。この通常の死が訪れなかったことが、原爆の悲惨さをさらに物語っている。

○ほんとうの死を与えよ=上記の死者は、通常の死を願っているのだ。それを「ほんとうの死」と表現している。

○影が石段に焼きつけられている=上記、熱線の記述にあるように、高度な熱線によって物体の影が石段に影となって焼きつけられている。実際は、瞬間的に肉体が熱解 しその黒い影の部分が石段に焼きつけられてしまったのである。   

○火で刻印された=原爆の火(超高温になった火球)のこと。二十世紀、人類が開発し、人類を多量に虐殺した悪魔の火である。火は人類の文化を発展させたが、原爆の火は人類を破滅へと導くことになるかもしれない。それが「神話」である。     

 以上の語句をイメージ豊かにとらえさせることによって、この詩の読みは確実に深まるはずである。イメージを豊かに描くための方法は、教師の発問にかかってくると思われる。発問のしかたによって生徒の想像力を幅広く、深く掘り下げたいものである。     

四 学級の実態

○ 全体的に静かな学級で、落ちついた雰囲気の中で授業が進められる。
○ 一方、発言には消極的で、男子の一部が発言するだけで、女子はほとんど発言することがない。
○ それだけに、文章の読みの深まりに難点があり、この点でやりにくい学級である。 
○ 男子の一部の発言も調子にのらないと黙ってしまう傾向があり、難しい面がある。 
○ しかし、「書く」面ではそれほど抵抗感がない、というよりも、書かれた内容が、発言の内容に比べてまさっている点を評価したい。
○ そこで、授業の中でも、「書く」ことに重点をおき、書いたことをもとに話し合いで読みを深める方法で進めてみたい。
○ 基礎学力が低くて、授業についていけない生徒が男子に五名ほど、女子に二名いることも特記すべき実態である。
○ この教材は、修学旅行で学ぶ長崎の平和学習を受けて実施するよう配慮した。したがって、内容の読み取りには、修学旅行での「被爆者の証言」や「資料館での学習」の成果がどの程度出るか、未知数の面が多々ある。個人差の大きいテーマであるだけに、じっくりとすすめたい。

五 評価

(1)評価の観点                                 

@ 作品の一語一語を豊かにイメージし、内容や展開を的確に読み取ることができたか。 A 作品の時代的・社会的背景と関連させて、感動の中心を読み取ることができたか。 B 作品の中で使われている、比喩を始めとする表現方法を理解できたか。

(2)評価の方法

@読後に自由に感想を書かせ、その内容によって生徒が作品のどこまで読み取ること ができたのかを評価したい。                           
A 全体の読みの評価はペーパーテストで行う。                 

六 指導計画

時間 学習範囲 学習目標
1 題名〜二連 ◎原爆によって失われた「人間のほんとうの死」を読み取る。
○( )の意味することを理解する。
○「ヒロシマ」の意味がわかる。
2
(本時)
三連〜五連 ◎「石の影」を解き放つのは誰か、がわかる。
○「石の影」の状況がわかる。
○「ヒロシマの神話」の意味がわかる。

七 本時の展開

[一時間目]

時間 ねらい 主な学習活動 主たる留意点
導入 ○原爆の詩であることをつかむ。    ○範読を聞く(難しい漢字に仮名をふる) 
○教師の後から音読する。   
○詩をノートに写す。     
展開 ○「ヒロシマ」について課題意識をもつ。    






○詩の構成を確認する。 


( )の意味がわかる。            
◎原爆死の状況を読み取る               ○一連の読み…熱戦による特異な殺され方を捉える。                                                                              













○二連の読み…人間にとっての死とは何かを考える。                      
○題名への書き込み        


○「話し合い」
・何のことについて書いた詩か。 ・題名の「ヒロシマ」がなぜ、カタカナか。
・詩が五連であることを確認する。・二連と四連の(  )に気づかせる。
・( )は何を意味しているのか。   ↓                
「 」との違いに気づかせる。   ○一連と二連の「書き込み」
・本文の中で、キーワードに印をつけて書き込みする。(難しい語句とも重ねる)              ※「失われた時」「透明な気体」「人間が空中を歩いている」の読みを深める。
@「失われた時」について答える。○いつのことか 
○何が失われのか  
○何によってうしなわれたのか  A「透明な気体」について答える。○「なって」とあるが、なにが気体になるのか。
○何によって気体になるのか。  B「空中を・・・歩いている」について答える。             
○人間は空中を歩けるか。
○何を表しているのか。         ↓         
○教師の補説を聞く。       
(死は・・・来なかった)(死を飛び越えて)(ほんとうの死)について考える。                   ↓              
○死って何だろう。         ○「死体」がなかったことはなにを意味しているのか。              ↓               死んだ証拠がないこと                         
▼片仮名表記を思い起こさせる。   ↓                              


                             


▼原爆の被害について想起させる。 ▼失われた時〜一九四五年八月六日午前八時一五分 ▼透明な気体〜物質の変化の一つとしての気体としてとらえる。   
 ↓ 
 (もっと突っ込んで固体(肉体)から気体(魂)になるまでの過程を想像させる。肉体が高熱によって燃え、焼け、そして消えてなくなる過程)     ▼人間が歩いている〜比喩的表現であることに気づかせる。さまよっている状態が想像できればよい。     ▼いろいろ出るが、肉体が残るとか、感情があるなどがでれば良い   
▼難しいが、考えさせたい。     ▼「生」を与えよでなく、「ほんとうの死」を与えよ、というところに気づかせ
終結 ○教師の補説を聞く。 

[二時間目]

時間 学習のめあて 学習活動 留意点
導入
(3分)
○一連・二連の内容を想起する。 ○一斉に全体の音読をする。 
展開(1)(10分)




展開(2)(10分)









展開(3)(15分)
○三連の読み−被爆の中心部分の状況がわかる。


○四連の読み−「影」の訴えが読み取れる。
・「何のために」「どこへ」「何を」について考える。




○五連の読み−作者の訴えが読み取れる。
・「火」「いつ」「誰」について考える
○全体の読みを深める
○三連〜五連の書き込みをする。
○「話し合い」
・「そのなか」とはどのなかか。
・「石段に・・焼きつけられ・・」とはどんなことか。
○四連と五連の書き込に追加する。
○「話し合い」
・「わたし」とはだれのことか。
・「縛られる」とはどういうことを表しているのか。
・「影」の肉体はどこへいったのか
・「影」は何を待っているのか。
○五連の書き込みに追加する。
○「話し合い」
・「火」ってなんの火か。
・「いつ」とあるがいつのことか。
・「誰」とは誰のことか。 
○音読をする。  ↓
自らの読後感で・一、三、五連を教師が読み、二、四連を生徒が読む。
▲「長崎の原爆」を思い出させる。

▼比喩的表現で「わたし」は影で、「縛られる」は「束縛」を表し「わたし」にとっては耐えられない。    







▼いつ〜この世から戦争、核兵器がなくなった時。それによって次の「誰」が浮き彫りになる。 
▼誰〜私たち一人ひとりであり、これから生まれてくる人々。そのことによって原子戦争、核兵器の廃絶が可能となる 
終結
(12分)
○感動の中心をとらえる。  ○読みとったことをノートに書く。
○次時予告
▼残りは家庭学習


八 参考詩
    にんげんをかえせ   峠 三吉 
   ちちをかえせ ははをかえせ
   としよりをかえせ
   こどもをかえせ

   わたしをかえせ わたしにつながる
   にんげんをかえせ
   にんげんの にんげんのよのあるかぎり
   くずれぬへいわを
   へいわをかえせ
                                                          コレガ人間ナノデス   原 民喜
   コレガ人間ナノデス
   原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ
   肉体ガ恐ロシク膨張シ
   男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル
   オオ ソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ
   爛レタ顔ノムクンダ唇カラ洩レテ来ル声ハ
   「助ケテ下サイ」
   ト カ細イ 静カナ言葉
   コレガ コレガ人間ナノデス
   人間ノ顔ナノデス                                        
                                                     
授業後の生徒の感想


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