「字のないはがき」を読んで(光村図書2年)    「字のないはがき」の授業

1女子

 父は、日常、罵声やげんこつばかりしていたけど、手紙では、大ぶりの筆で名前を書いたり、娘当ての手紙なのに殿を使ったり貴女と呼んだりしていた。

    私は、初め、どうして日常と手紙では、こんなに違うのか不思議に思った。でも、邦子さんは、そんな父のことを、日ごろ気恥ずかしくて演じられない父親を手紙の中で演じていると言っていた。それを聞いて、なんとなくわかった。

 両親は、末の妹を疎開に出す決心をした時すごく心配だったと思う。父は沢山のはがきに自分当てのあて名を書いて、末の妹に、
「元気な日は、マルを書いて毎日一枚ずつポストに入れなさい」
と、はがきを渡した時は、よくそういうことを考えたなあと思ったし、だから父は、それだけ、妹のことを思っていたんだなあと思った。

 末の妹が、疎開に出かけるとき、遠足にでも出かけるように、はしゃいでいた時、父はどんな思いで見送ったのかなあと思った。
一週間ほどで、初めてはがきが届いた時、はがきには、赤鉛筆で大マルが書いてあった。それは、疎開先の地元婦人会が赤飯やぼたもちなどをごちそうしたからだった。次の日から、ごちそうは出なかったので妹が書いたはがきは、黒鉛筆の小マルだった。なんかちょっとかわいそうな感じがした。

 上の妹が、末の妹に会いに行った時、下の妹は、梅干しの種をしゃぶっていたのにべっとはきだして泣いたという時、私は、ひもじくても、淋しくても、つらくても、泣かなかった妹が泣いたので、本当にかわいそうだった。そして、泣きたくても泣けなかった妹は強いと思った。私ならきっと泣いたかもしれない。

 まもなく、バツのはがきも来なくなったという時、妹は普通に過ごしているんだなあと思った。でも、三ケ月目に母が迎えに行った時は、百日ぜきの病気にかかっていた。
授業で、末の妹は、書かないのではなくて、書けなかったということを知って、そうだったのかなあと思った。 妹が帰ってくるために、姉と弟が、かぼちゃを取っていた。いつもなら、小さいかぼちゃを取ると怒る父も、怒らなかったということから、兄弟思いだなあと父が感心していたことが読み取れた。

 妹が帰って来たときに父は、はだしのままで、外にとび出して、末の妹の肩を抱き、声を立てて泣いた。私も作者と同じで、男の人が声を出して泣いたのを見たことがないので、本当に妹にすまなかったという気持ちでいっぱいだったんだなあと思った。

 私は、上の妹と末の妹が疎開しなければいけないのは、戦争をしているから、だから、妹たちや家族が悲しい思いをしなければならないと思った。戦争がなければ、一家全滅することもないし、だから疎開なんてしなくてもいいのにと思い、戦争時代の人々は、みんな、邦子さんたちの家族のように悲しい思いをしたのかなと思いました。 そして、邦子さんや弟、妹たちは、戦争の時代をどんなふうに思いながら過ごしていたのかなあ、と思いました。姉や妹は、戦争がなければ、こんな思いをしなくてもよかったのに、とか思わなかったのかな。

   この本を読んだだけの私でも、疎開したくないと思ったし、家族と離れるのも嫌だと思った。戦争のために、食べる物もなくて、ひもじい思いをした妹たちは大変だったんだなあと思った。そして、私は、ひもじい思いをしたことがないので、そんな苦しさはわからなかった。

2 男子

 僕は、この随筆を読んでとても感動しました。
 末の妹は、小学校一年で甲府に疎開した。父はとってもつらかったと思う。幼いむすめを、一人で甲府に疎開させたのだから。

 妹は、まだ字も書けなくて疎開の意味もよく知らない。父は、偉いと思う。嫌が字をかけないのであて名を書いてあげた。そして、元気なときは、マルを書いてだすようにした。父は、とてもやさしいと思った。

    はじめの手紙は、紙いっぱいにはみだすほどの大マルだったので、父は、安心したと思う。もし初めにバツがきていたら心配でしようがなかったと思う。ところが、次の日からはマルがだんだん小さくなり、バツになり最後はハガキがこなくなったので、つらくてとてもしようがなかったと思う。近くに疎開していた上の妹に会いに行ったとき校舎によりかかって梅干しの種をしゃぶっていた。そういうことから、考えてもとてもまずしかったと思う。
 三ケ月目に母が迎えにいった。妹はその時に百日ぜきをわずらっていたけど、迎えにきてくれたのでとてもうれしかったと思う。

 家にいた父や著者や弟も、妹を喜ばそうとして待っていた。
 父はとってもつらかったと思う。小学校一年で親を離れて一人で暮らすから、本当は行かせたくはなかったと思う。そして、つらくて、とても悪いことをしたと後悔していたと思う。

3 女子
○父と作者のこと

 作者の父は、娘のことよ日常生活では、「おい、邦子」などと罵声で呼び、げんこつは毎日のようだったのに、いざ自分の娘が親もとを離れると心配なのかそれともさびしくなったのか、父が娘あてに手紙を一日一通多いときには一日二通もくるようになったので、やっぱり父は自分の娘の事を大事にしてるんだなぁー。と思いました。

 父は手紙に「向田邦子殿」と書いていたのでそれを見た作者はひどくびっくりしたのには私も同じでした。ふだんは、自分の名前を呼び捨てにしていた父が「殿」という字を使うのには突然の変わりようでした。

 私は、作者の父は娘のことが心配でしようがないのだろう。と、思えるようになりました。作者の父が自分のことを手紙の中で「貴女」と書いているので本当にうれしかったと思います。手紙の中での父は作者にとって優しい父であったと思います。

○父と末の妹のこと

 末の妹が学童疎開するときには父は、末の妹がまだ字が書けないのを知っていたので、はがきにきちょうめんな字で自分あての名を書きました。そのはがきの束をリュックサックに入れた。そのとき父の気持ちは娘をあまり行かせたくなかったと思います。元気な時はマルをかいて、「毎日一回ずつポストに入れなさい。」などと言ったと思います。次の日には黒えんぴつのみすぼらしいバツのはがきが届いた。

    それからはがきがこなくなり学童疎開から末の妹が帰ってくる日がきた。弟が「帰ってきたよー。」と言ったときの父の気持ちが私には手に取るように分かってきました。

 父は居間の方からはだしでとびだし妹をだいて声を上げて泣いたときの父は本当に殊にすまないことをした、許してくれ、疎開には妹は出すべきではなかったと作者の父はとても後悔をしていたと思います。

 父は本当はとても末の妹や作者にとっていい父親だったんだなと私は思いました。

4 女子

 父が作者に見せた優しさは、手紙の中だけであったが父は暴君の反面てれ性であった。という事は、父は自分の娘(作者)達に、暴君の所を見せれば見せるほど、父のてれ性の部分もますますひどくなり、家ではずっと暴君でいるしかなかったのだろう。作者は、それを分かっていたのだろうと思う。

 父は案外心の弱い人だった。その弱さを隠すために暴君の父を演じていた、とも思われる。その弱さと強さの反面を父は娘(作者)に悟られたくはなく、かといって、暴君の父だけのままでは、尊敬はされないだろう。一点一画もおろそかにしない大ぶりの筆で書かれた表書き、文面に添えた訓戒、父は三日とあけずに、その愛情に満ちていた手紙を愛する娘に、休むことなく送ったのだろう。

 また、作者はその父の愛情を分かっていて、だが暴君の父に同じような態度をとるわけでもなく作者は作者なりに理解していた。

 父は、家では、一家の長であるという事は、弱い人よりは暴君の父のほうがたのもしく見えると思ったのだろう。だが、そんな暴君の父でも疎開に行ってやつれた末娘が帰って来た時は、てれ性も何も関係なく、はだしで、表へととびだし、やせた末娘の肩を抱き、声を上げて泣いた。

 父は暴君の父ではあるが誰よりも家族を愛していたのだろうと思う。

5 女子

 向田邦子が子どものときの終戦の年の四月の話。

 邦子の父は甲府に学童疎開することになった小学校一年生の妹に、
「元気な日はマルを書いて、毎日一枚ずつポストに入れなさい。」
と言って、自分あてのあて名を書いて、ハガキの束を渡した。

    妹は、遠足にでも行くように出かけた。とあるが、私は、「元気な日は」というところから、けっして安心して暮らせるようなところではないと思った。上の妹の疎開場所の様子をちゃんと知ってから、下の妹にもその様子を伝えて、それからまた、話しあってから、決めるべきだったんじゃないかと思われた。

 妹のハガキが一週ほどでついた時の妹の楽しい様子が、紙いっぱいはみ出すほどの威勢のいい赤鉛筆の大マルから、わかった。しかし、次の日から情けないような小さなマルになった。

   妹には、この学童疎開がおもしろくないのかホームシックにかかってしまったのか、わからないけれども、この疎開に不満があるというのは、はっきりわかった。そして小さなマルはついにバツにかわってしまったのである。家が恋しくなり、現地の子供にもいじめられ、おなかもすき、わがままもいえない下の妹は、少し離れた所に疎開している上の姉が会いにいったとき、校舎の壁に寄りかかって梅干しのたねをしゃぶっていたという。

    姉の姿を見ると、たねをペッと吐き出して泣いたそうだ。下の妹は、こういう姿を見られた気持ちと家族を見てホッとした気持ちだと思う。上の妹は、その妹をみて、何か声をかけたのではなくボーッとしていたのだと思う。

 とうとう、百日ぜきをわずらってしまった下の妹は、母たちが迎えにきたとき、涙を流して喜んだか、喜ぶ元気も涙を流すこともつかれて、ただボーッとしていたと思う。そして、母はこんなにやせてしまった下の妹をみて、どう思ったのだろうと、想像することがなぜかできなかった。

 妹は、百日ぜきをおこして父や弟そして邦子さんが待つ家へ帰ってきた。 邦子と弟は下の妹を喜ばせようと、小さなかぼちゃから、大きなかぼちゃまで収穫していた。今だったら、かぼちゃを並べただけで喜ばないと思うけど、妹は喜ぶのかな? と思った。
 妹が帰ってくると父は、はだしで飛び出し妹を抱き、声を上げて泣いた。父は自分を責めているのだと思うが、それは違うと思う。

    すべては、人の命を奪い、食べ物を奪い、人を悪にかえてしまう戦争が悪いと思う。戦争はすべてを奪う。人はもちろんのこと家も食べ物も人の心まで奪ってしまう戦争。この戦争さえなければ、妹を疎開させることなく、百日ぜきにもかからさせず、父も自分を責めることなく、普通の明るい生活を送っていたとも思う。

    この随筆を呼んであらためて戦争とは‥‥‥。と考えさせられた。

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