「一塁手の生還」生徒の感想(光村図書2年)        「一塁手の生還」授業

1「一塁手の生還」を読んでの感想     S・M

 例えば私が典生の立場だったら、きっと立ち直れなかっただろう。きっと本の中にだって入りこめないだろう。そして何にも出来ず一人さびしく遊びくれていただろう。と私は思います。

 なのに何故典生は立ち直ることが出来たのだうか? 私は、この本を読んでるといつも不思議に思う。

 兄さん妹さんそして父。簡単になくしてしまった家族。愛情を教えぬまま消えていった家族。典生はどう思っているのか? 私は知りたい。

 今、私以外に六名の家族そして、祖父母がいる。今の私には、愛情がたくさんつまった家と家族がある。きっと一つでもなくしてしまうと、今の明るい私はいないだろう。愛情があるかぎり、私の笑顔は絶えず、一生懸命がんばるという勢いになります。

   一範兄の死。病気ならば帰ってこなければよかったのに。典生になんて会わなければよかったのに。典生にこんな大きな喪失をあじわわせなくてもよかったのに。典生が、かわいそうだよ。典生を苦しめないでよ。そう思うけど私には言えない。兄さんが帰ってきたおかげで、典生に思い出が出来たから。キャッチボールが出来たから。だから一範兄をせめることは出来ない。九年間苦しんできた兄にやすらぎを私はあげたい。皆の大きな大きな気持ちを私はあげたい。戦争で苦しんで死ぬよりも、静かに寝むらせてあげたい。そう思う毎日だったと思います。そう私も思います。

   絶対安静─ただでさえ苦しいのに苦しみを耐えて野球を見に行った兄の目には、昔の自分が写っていただろう。自分の苦しみをこの野球にささげていたのかも知れない。苦しみを最後に楽しみにかえてくれた神様に私、いやその家族が「ありがとう」を言わないといけないと思う。でも、家族をばらばらにした戦争には「ばかやろう!」って言いたい。

2 「一塁手の生還」を読んで    T・K

 この本を読み終えて心に残っている事は一範の事。だから一範兄の事を書いてみる。
 私には兄という存在がいない。が、もし私に兄がいて、それが一範だったらと仮定してみる。必ず大好きになると思う。それほど一範は私にとって好感のもてる人物だからだ。

 私は一範兄が典生に、
「青白い顔しやがって 少しは運動せい。」と言うのが一番好きである。なんだかとてもやさしい感じがする。もしかしたら一範兄は十四歳年下の弟にどういう言葉をかけていいか考えつかずに、見たままを言ったのかもしれない。相当、不器用な人なのだろう。

 それから典生とのキャッチボール。一範兄はすでに自分の病状を知っていた。だからキャッチボールなどすれば、当然、命を縮めてしまうのを分かっていたのに、それでもやった。そうまでして典生とキャッチボールをしたのはなぜか。それは文中のボールに想いを託しての会話に、理由があるのだと思う。文中には出てこないが、天国の父や弟妹達に自分も、もう少しすればそちらに行くという報告。それに自分は死んでしまうので、父の代わりに母と家を守る事ができなくなって、すまないという気持ち。そして典生とキャッチボールをしている姿を見せながら、典生は俺とキャッチボールが出来るほどに、成長したぞという報告をしながら、一範兄自身も喜んでいたにちがいない。

 なぜこの話の題が「一塁手の生還」なのだろうか。確かに一範兄は生きて帰るが、そのすぐ後に死んでしまう。私は、「生還」という言葉を辞書で引いてみたが、どうも筆者が言いたい「生還」とは違う気がする。だから私はこう思う。一塁手市川一範は私達の心の中に生還したのだ

3 「一塁手の生還」を読んで    S・S

「兄さんのこと」

 この一塁手の生還を読んで、一範兄はたった一度のエラーで、野球をやめてしまうなんてと思った。だれだって一度は失敗してしまうことだってあるのにと思いました。私はバレーの試合で何度もブロックを失敗したりするたびに、みんな(仲間)に悪いとおもうけど、次に「がんばる」と心に決めて一生懸命ブロックします。だから一範兄も一度のエラーで好きな野球をやめてしまわなければよかったのにと思います。もし、野球をそのまま続けていたら名手だったかもしれません。

   一範兄は、本当に幸せだったかもしれません。なぜなら、一範兄は戦争に行って死んだと思われていたけど、故郷に生還して自分の弟と一緒にキャッチボールをして、肺結核にかかって死んでしまいます。その人の運命だったのかもしれないけど本当は不幸だったのか。

   一範兄さんは肺結核なので医者に絶対安静だと言われていたのに試合を見に来た。試合の場所でも自分のポジションと、自分のミットを見に来たように思えた。それは、最後に自分が使っていたのを見ておきたかったから。その時の一範兄の顔はいっそうこけて気分が悪そうだった。もし、一範兄が自分だったら絶対安静と言われていた方を選んでおとなしく家にいたのかもしれない。それは、体を治してからまた、野球をしたり、見たりすればいいのに。

「典生のこと」

 典生は、第一場面のとき、十五歳、読書家五人兄弟の末っ子、青白い顔というふうに印象は暗い感じがする。典生はすごいと思ったことがある。それは、十五歳なのに芥川龍之介や堀辰雄や立原道造などを読むとは感心した。私とは一歳しか代わらないのに、難しそうな小説を読むのですごいと思った。

 典生は死んだと知らされた義兄が目の前に立っていたから喜びよりも驚きが勝った。本当に驚いたにちがいない。長兄が生還したことの喜びをどう表現していいかわからない。
典生は、義兄とキャッチボールをしたので少しは好きになった。

   昔のF中の名手とキャッチボールができるなんてうれしいはずです。私だったらうれしくて毎日やっていたかもしれません。第七場面では典生は、一範兄が死んでしまい、また母と二人暮らしの生活になった。たぶんさびしいと思う。読書の時間がまた長くなった。それから兄のミットを大切に飾ったのにちがいない。

   新たな大きい「喪失感」=死んだと思われていた兄が本当に死んだ悲しさ。戦争で死んだのと一緒に何日もいてその人が死んだときの悲しさは大きかった。
典生は本当にかわいそうだ。

4  「一塁手の生還」を読んで   T・M

 ある日、母の典生を呼ぶ声がいつもと違っていたのは、昔戦死したはずの兄が帰ってきたからだ。もし、その時私が典生だったら、還ってきたことに喜びと驚きを感じるより、少し恐い気持ちになるかもしれない。

 戦死したはずの兄が還ってきたのだ。還ってきたからといって、「嬉しい」という気にはなれないと思う。さらに「青白い顔しやがって…。」と言われたりしたらたまらないだろう。でも私は、少しの間でも一範兄が還ってきてよかったと思う。小さい頃から疎遠で、十四歳も年上の一範兄の人柄がそんなに知らなかっただろうし、一緒に暮らしている時の思い出も少なかっただろう。けれど、思いがけない兄との出会い(生還)のおかげで、典生にとっても兄にとっても思い残すことはない。一範兄とのキャッチボールもできたし、対校試合のときの一塁手が持っていた自分のファーストミットも見れた。

   典生は読書が好きで、堀辰雄や、立原道造などのあらゆる作家の書いた作品や、はかない命を描いたフランス映画を見つづけていた。私も昔、そういう時期があり、典生と同じ気持ちだったので、思わず納得してしまった。自分が特に感動した小説や映画などは、その主人公に、すごく興味が湧いてきて、読んでいる間は、それになった気持ちになり、読み終わった後もその余韻が残り、自分もそれを演じてみたくなるのだと思う。それがまさか、自分の兄の身にふりかかってくるとは思いもしなかっただろう。典生にとっては、昔戦争で死んだ時より悲しみと絶望が大きかったのだと私は思う。

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