「一塁手の生還」(赤瀬川隼)の授業(光村2年、教育出版3年)

作品をどう読むか                                           生徒の感想

(第一場面)

   とうに戦死の公報が来て、菩提寺の市井家代々の墓に遺品によって葬ってあった長兄が、玄関の横手の木戸をギーときしませて現れた時、折から庭を掃いていた母は危うく失神しかけたという。

[教師の読み]
○「失神しかけた」という表現から、これからの物語の展開は主人公の記憶を辿る文体になっていることを理解する。そして、その内容が死んだ長兄が生きて戻ってきたことを中心に展開していること。しかも、「戦死」とか「遺品」などから、長兄は戦争で死んだという緊張感をもって読者を物語に引き込んでいく。

○「遺品」から長兄の遺骨は届いていないことまで読みとれればすばらしい。さらに、当時の状況からして、「遺品」だけの「戦死広報」にはとかくこういう事態があったことを知っている生徒がおればなおすばらしい。

   ぼくは、勝手に自分の書斎と決めこんでいた土蔵の二階の明かり窓の下で芥川龍之介を読んでいたので何も気がつかなかった。
「典生! 典生!」
 遠くから呼ぶ母の声は、食事を知らせるいつもとは少し違うような気もしたが、ぼくはそれからしばらく、本をきりのいいところまで読んでから腰を上げ、暗い階段をゆっくり降りて厚く重い扉を開けた。急に襲う春の日ざしが目に痛いことはわかっていたので、ぼくはあらかじめまぶたを細くすぼめていた。

[教師の読み]
○普段とは違う母の声を感じてはいたが、読書に夢中になっている「ぼく」の人物像が一つ浮き彫りにされる。それは「きりのいいところまで読んでから腰を上げ」るところなどにも滲みでていることがわかる。さらには、「急に襲う春の日ざしが目に痛いことはわかっていた」などにも「ぼく」が細やかな神経の持ち主であることを読みとることができる。

 目を開けてみておどろいた。くまのような黒い大きな影が、逆光を背に受けて入り口に立ちはだかっていたのである。
 「きさまか、典生は。」
 「はい]
 ── 一範兄さん!
 のどが引きつったように声が出なかった。ただ、ぼくの目はまん丸になっていたはずだ。
「青白い顔しやがって。少しは運動せい。」
そう言う兄の顔にかすかに笑いがうかんだ。

[教師の読み]
○いきなり現れた長兄の姿を「くまのような黒い大きな影が、…立ちはだかっていた」と表現することによって「ぼく」と長兄との関係を形で示している。つまり、長兄がいかに大きな人であったのか、また、たくましい人であったのかを暗示している。そのことは「きさまか、典生は。」の長兄のセリフによって決定的となる。また、逆に言えば「ぼく」がいかに小さく、ひ弱であったかも物語っていよう。そのことは、「青白い顔しやがって。少しは運動せい。」で「ぼく」に対する印象として読み手に定着する。教材では挿絵でそれを示しているが、文章の中で読みとらせたい。

○「ぼく」は驚きのあまり、声が出ない。死んだことが当たり前になっている「ぼく」の心理的衝撃は大きかったことが容易に理解できる。

 ぼくの心中では、喜びよりもおどろきが勝っていたように思う。
それに混じって、十四年上のこの長兄にかすかに反感を覚えた。

[教師の読み]
○その驚きの大きさがこの一行で表現される。読み手にはすんなりと理解できる「ぼく」の心中である。しかし、次の一行には(えっ?)という反応が芽生える。長兄に対する「かすかな反感」とは一体何だろうか。この疑問によって読み手は次への読みの構えが作られる。

 ── 九年間別れていたといっても、弟に対して「きさまか、典生は。」とはひどいじゃないか。それに、軍隊の部下に対するような口のきき方だ。

[教師の読み]
○あまりにもあっさりとその疑問が解決する。「きさまか、…」というセリフに対する反発である。九年間の空白が長兄にこういうセリフを言わせたのかもしれないが、「ぼく」にしてみれば、逆にそのことに反発を感じる。しかも、この言い方は当時の社会では「軍隊用語」であった。

○この場面は、戦後の民主主義教育が歩きだした頃である。「ぼく」はそのような教育を受けている最初の中学生ということになろう。それだけに「軍隊用語」には敏感になっているはずだし、「ぼく」の細やかな神経からしても我慢ができないセリフであった。

   その一方で、無理もないかもしれないと思った。一範兄が中国戦線に行ったのは昭和十三年、ぼくは七歳だった。二人の間に兄弟姉妹がいなければ、十四歳離れていても親しくしていただろう。ところが長兄と末っ子のぼくの間には、ほかに兄が二人と姉が一人いた。上の三兄弟がお互いに年が近く、それからだいぶ隔てて姉とぼくが生まれた。いきおい、遊ぶにしても何にしても、上の男三人が一組みで、姉とぼくが一組みになった。そういうわけで、長兄とぼくとは、一つ屋根の下で暮らしていた時から疎遠だったし、ぼくのほうからは、もの心ついた時から既に大人のような長兄が頭上に見えていたのに対し、彼にとってはぼくなど眼中になかったにちがいない。

[教師の読み]
○しかし、「ぼく」は振り返る。ここで「ぼく」と「長兄」の関係が出生の面から説明される。十四歳も離れた兄弟では、互いに対する気持ちの持ちようも変わってくることが読みとれる。ただ、現在の生徒たちには、このような兄弟関係はほとんどない。したがって、ここでの「ぼく」の心理の読み取りはすんなりといかないかもしれないが、作者のくどいほどの説明によって「ぼく」の「…無理もないかもしれない…」という心理の変化については理解できるだろう。

 ぼくは、その兄に対して、死んだはずの彼が生きて戻った喜びをどう表現していいかわからず、黙ってもじもじしながら彼の後ろについて母の待つ母屋へと向かった。

[教師の読み]
○「ぼく」にはもう驚きの気持ちは消えて、徐々に湧いてくる「喜び」の気持ちに浸っている。しかし、自分の喜びの感情をどう長兄に伝えたらいいのか、その方法を探せないままにただ黙ってついていくだけである。ここにも、「ぼく」の人物像が浮き彫りにされてくる。神経の細やかさが、単純に喜びを表現することの邪魔になっている。単刀直入に喜びが表面に出てこない。このじれったさは、「ぼく」がもっとも感じているかもしれない。この部分の読みとりは、やはり、生徒の一人ひとりによっても異なってこよう。つまり、「ぼく」に似た生徒は十分に「ぼく」の気持ちが理解できるし、反対側にいる生徒には優柔不断な「ぼく」と映るかもしれない。

 「青白い顔しやがって]とぼくに言った一範兄自身が、出征したころのがっしりした顔や体格とはうって変わって、ひょろりとやせて青白かった。いや、青白いというより土気色である。それが、長い間の戦場の苦労をどんな言葉よりも如実に表現しているように見えた。

[教師の読み]
○「ぼく」は、逆光の中でみた「くまのような」長兄が顔色は土気色でやせていることに気がつく。「ぼく」はそれを、「長い間の戦場の苦労」として理解する。そのことは、生徒も同様な思いとして受け止めるだろう。「土気色」という顔色については生徒は分からないかも知れない。

 「青白い顔しやがって。」と言われたのには、ぼくはそれほど反感をもたなかった。少し恥ずかしいことだが、ぼくはある種の病にあこがれていたのである。

[教師の読み]
○読み手はここで新しい疑問を抱く。「『青白い顔しやがって』と言われたのには、ぼくはそれほど反感をもたなかった」ということに対する疑問は大きい。しかも、次にくる「ある種の病にあこがれていた」という、さらに疑問に拍車がかかる。この疑問が次への読みの拍車ともなる。

 父の残した蔵書の大半を、母屋からぼくの「書斎」に移してから、ぼくはまず、堀辰雄や立原道造をむさぼるように読み始めたのだった。彼らの散文や詩の本当の深さは読み取れずに、サナトリウムで恋人と過ごす清澄な雰囲気、ぼくよりも恐らく十は年上の男女が交わす上品で知的な会話、それに静謐な場所で人間の生と死を見つめる世界といったものを手探りでたどりながら、病そのものにひかれていった愚かしさを、やっと中学三年を終えたばかりのぼくの年齢に免じて、どうか笑わないでほしい。おまけにぼくは、七人家族のうち一時は五人までをわずかな期間で突ってしまったのだ。そのうちの一人は今こうして帰ってきたが。

[教師の読み]
○一気に説明される「ぼく」の「変な心理状態」については、読み手は複雑な気持ちにさせられるだろう。特に現在の十五歳の生徒にとっては理解の域を越えている。

○この心理状況は、戦後の若者の間に広がったものであった。どことなく倦怠感を伴った無気力な雰囲気の中で、青春や人生を語る若者像があった。戦前の天皇制国家主義における一億総動員法の下での戦争社会の一種狂気染みた世相の反動ともいえるものであった。戦争に駆り出されたが、生き残った社会では一八〇度転換した中で、若者たちが精神的にさまよい続けた思想的反映でもあった。

○しかし、現在の若者には、その当時の世相は知らない。それをどう読みとらせるのか。それは、堀辰雄や立原道造らの世界を読む者にとってはその世相や若者像が読みとれるかもしれない。ここに登場する「ぼく」が彼らの本の中の世界にいるが、それを読みとる中学生は、さらに「ぼく」の向こう側にいる、もう一つ次の間接的な存在である。かろうじて、「ぼく」と同様な細やかな神経を持っている一部の生徒には読みとれるかもしれない。したがって、授業ではかれらの力を引き出し、全体の中で生かしていくことが要求される。それができない場合は、この部分の読みは読み切ることなく通過しても良かろう。教師が説明して分からせようとすることは極力避けたいものである。

 ぼくは、静謐な場所ではなく、戦争で、肉親の生と死を見つめさせられたのだった。

[教師の読み]
○「ぼく」が本の中の世界ではなく、現実の「戦争で、肉親の生と死を見つめさせられた」ことに読者は新たな衝撃をうける。そして、「ぼく」の「変な心理状態」についての理解が芽生え始める。この一文は、作品全体のテーマとも関わっているが、「ぼく」の「変な心理状態」の読み取りにとっても大切にしたい一文である。

 父は、勤め先の会社が焼夷弾にやられて燃え上がるさなか、重要書類の入った手提げ金庫を取りに入ったまま帰らなかった。
 次兄は、長兄と違ってはっきり戦死が確認されていた。海軍特攻隊の一員となって敵艦に突っこんだのである。その次の兄は、ぼくが四歳の時、中学にあがった直後に病死している。
 ぼくのすぐ上の姉は、女学校四年生で勤労動員に行かされていた兵器廠にB29の直撃弾が落ち、多くの級友とともにやられた。
 それ以後、末っ子のぼくは、辛くも半焼で済んだこの福岡市内の家に母と二人住まいになったのである。日本国民の中でも、わが家への疫病神のとりつき方は最悪の部類に入るだろう。

[教師の読み]
○「ぼく」がこの歳で、「生と死」を見つめるようになったことに対する原因が現実の戦争という最大の悪によることが説明される。家族七名のうち五名を戦争で失ってしまったことは、やはり衝撃である。「焼夷弾」、「海軍特攻隊」、「勤労動員」「兵器廠」「B29」などという戦時用語がでてくるが、生徒にはあまり抵抗感はないだろう。ただ、言葉の意味としての読みでは深まらないだろう。それだけでは、「ぼく」の「変な心理状態」は読みとれない。また、この部分が後半の長兄の心理描写の布石となっていることから、やはり内容の伴う読みの深さを追求したい。

○つまり、父親は会社の金庫を取りに行って焼死した。次兄は、「海軍特攻隊」員として戦死した。三番目の兄は病死。姉は勤労動員によって直撃弾で死んだ。立て続けに五名もの家族が死んでいった悲劇に対して読み手の気持ちをどう高めるかである。イメージ化は読み手の体験に大きく左右される。どれだけの体験を持っているかによってイメージの豊かさが決まってくる。その意味からして、前述した戦時用語については、語義だけでなく、その内容についての知識が必要となる。難語句の扱いとして、プリントして配布するなどの工夫が必要だろう。例えば次のように。

☆難語句(例)

焼夷弾 去る太平洋戦争で、アメリカ軍が使った爆弾の一つ。飛行機から落下させ、着弾と共に火災を起こさせ、人間を焼死させ家屋や樹木を焼失させる。焼夷弾攻撃によって、街のあちこちに黒こげになった死体が散乱した。本土では主として大都市・中都市に落とされ、ほとんどの町が焼け野が原となった。沖縄ではほとんど無差別に行われた。
海軍特攻隊 小さな舟(モーターボート)に爆弾を積み、アメリカ軍の艦船に体当たりして、爆破させる部隊のこと。もちろん載っていた隊員も舟もろともに木っ端みじんになって死ぬ。沖縄戦では、陸軍にも「海上特攻隊」があった。空の特攻隊が「ゼロ戦特攻隊」であり、陸の特攻隊が「肉弾特攻隊」であった。一人一艦(一人の特攻隊員が軍艦一隻をやっつける)、一人一戦車(一人の特攻隊員が一台の戦車をやっつける)などいってすべて二十歳前後の若者で編成された部隊だった。
勤労動員 戦場には動員されない女子学生を中心にして、主として軍需工場などに強制的に働かせた。したがって、アメリカ軍の空襲を受けやすかったのである。
直撃弾 爆発によって砲弾が粉々になって四方に飛び散り、その破片によって人間を殺傷する爆弾を直接に受けること。爆発によって即死となり、ほとんど体型をとどめない状態になったり、体がバラバラになり肉片が飛び散ったり、あるいは肉片さえ残らない場合もあった。


 そんな境遇の中学生が、堅固に焼け残った土蔵を好み、明かり窓の下で清澄な文芸の世界にひたり、そこから受ける「喪失」のはかない美しさに自分の喪失感を重ね合わせていたとしても、不思議ではないと思う。

[教師の読み]
○「ぼく」の「変な心理状態」を読みとる最後の箇所となる。ここで言われている「『喪失』のもつはかない美しさ」とはどういう意味なのか、また「自分の喪失感」がどういう意味をもつのか、読み取りは困難をきたす。

○文芸の世界に浸る「『喪失』のはかなく(い)美し」さは、戦後多くの日本人が味わった「喪失感」を背景にして、前述した状況の中で若者を中心にひろがったものである。そして、「ぼく」は家族五名を失った「わが家への疫病神のとりつき方は最悪の部類」という特別な状況を重ね合わせることによって、自分の「喪失感」を増幅させている。前述したように、ここにおいても、生徒の読みは停滞するはずである。

○「不思議ではないと思う」と言い訳をしている「ぼく」の心情が読みとれなくてもいたしかたない。この「『喪失』のはかない美しさ」は時代の生んだ国民的状況であったのだから、現在に生きる者がそれを読みとれなくてもいいのではないか。もちろん、教師の説明による説得はナンセンスである。

「三人きりになっちまったんだな。」
兄は母屋に入る前に、ぼくの方をちょっと振り返りながら言った。ぼくが土蔵から出てくるまでに、母から家族一人一人の運命をおよそ聞いていたのだろう。

[教師の読み]
○長兄のセリフの持つ意味は重い。これまで、「ぼく」が振り返ってきたことのすべてを長兄は自分の心の中にしまい込んでいることが読みとれる。長兄にとって、戦争から生きて帰ってきたことが、家族三人が戦争で亡くなっていた事実に直面することになり、新しい「喪失」を体験することになったのだ。

   ふろから出たあとも、ほおや眼窩のくぼんだ兄の顔に血の気は薄く、あい変わらず土気色だった。母がとりあえず作った芋がゆを、三人で黙々とすすった。それから兄は、こんこんと眠りに就いた。

[教師の読み]
○長兄の体の状態が語られる。「ふろから出たあとも」やはり顔色は土気色であることが気になる。ほおや眼窩がくぼんでいることが気になる。そして、「こんこんと眠」ることも気になる。それは、必ずしも先程味わった長兄の新しい「喪失」のせいばかりでもない。しかし、生徒の中から短絡的にそれと結びつけ、「ショックを受けたから…」という読みをする者が出てくる。あるいは、「病気になっている」という読みがそろそろ出始める。その時、教師はそれにどう対応すれば良いのか。教師はそのどちらに対してもコメントを挟んではいけない。「さあ、どちらの読みが正しいのかね」という風に、次への読みの意欲喚起としての対応が適切である。

(第二場面)

「典生、おれのファーストミット、知らんか]
 一範兄が思い出したようにぼくにきいたのは、翌日の午後のことだった。ぼくが答える前に母が口を開いた。
「中学の野球部にあげましたよ。道具が足りないらしいし、それに‥‥‥あなたの戦死公報が来てたしね]
兄は母の言葉になんの反応も示さないみたいだった。
「典生、お兄さんが帰ってきたんだし、学校が始まったら典生から野球部の先生に言って返してもらったら]
「いや、いい]
 母の言葉に、兄は強い調子で言った。そして、「でも……」と言いかけたぼくに、さらに強い語調で言った。
「いいと言ったら、いいんだ。」

[教師の読み]
○物語は新しい展開に進む。長兄が野球をしていて、ファーストだったことがわかる。しかし、それだけである。ミットを返してもらうことに対して長兄は意地を張っているかのように拒否していることが読み手を落ち着かせない。(このファーストミットについて何かがあったのか?)という思いである。

 うちの男の兄弟四人は、みんな同じF中に進んだ。このうち一範兄だけが野球部に在籍していたことは、ほかの兄たちから聞いていた。
 そういえば思い出す。ぼくがやっともの心ついたころ、三人の兄たちは家の前の路地でよくキャッチボールをやっていた。たぶんその時は軟球でやっていたのだろう。それでも、見ているぼくの目の前をすごいスピードでびゅんびゅん飛び交い、怖かった。ぼくは兄たちから、ちょろちょろするなと命ぜられ、小杉の生け垣にへばりついて見ていた。

[教師の読み]
○読み手はその思いをもって先に進む。やはり長兄は野球をしていた。そして、三人の兄たちがキャッチボールをしている。しかし、先の疑問は解決しない。そして、新たな疑問が生まれる。それはどうして二番目の兄や三番目の兄は野球部に入らなかったのか?実際にキャッチボールをしていたのに…?というものである。二つの疑問をもって先に進む。

 そのうちに一範兄だけがキャッチボールをやらなくなったのである。そしてほかの二人の兄も、一範兄が家にいない時だけ少しやる程度になった。ぼくは一度、いちばん下の兄に、一範兄がなぜやらなくなったのかをきいたことがある。たしか「うるさい。」と一蹴されたのだった。ぼくが小学生になり一範兄が出征したあとも、ぼくは次兄に、一範兄がF中野球部にいた時のポジションや打順などをきいたことがある。その時もつっけんどんに「知らん]と言われた。ぼくは、次兄が知らないはずはないと思い、何か隠しているような気がした。

[教師の読み]
○すると、まず「一範兄だけがキャッチボールをやらなくなった」が出てきて、読み手はやはり何かあったのだ、と思う。そして「二人の兄も、一範兄が家にいない時だけ少しやる程度」が出てくる。読み手の疑問はいよいよ確かなものになる。それは「ぼく」と同じ心理を追うことになっていて、「ぼく」の行動が読み手と重なっている。「ぼく」が聞く事がまるで読み手が聞いているように一体化する。

○いろいろ聞いても「『うるさい。』と一蹴された」たり、「つっけんどんに『知らん。』と言われた」ことから「ぼく」は「何か隠しているような気がした」のだか、読み手は自分の疑問が明確になったことを自覚しながら「ぼく」と一緒に疑問の解決に向かうことになる。

   そんなことを思い出しているうちに、一範兄はファーストミットのことから話題を変えた。
「典生、福岡県では今、どこの学校が強い。」
「断然、小倉中学]
とぼくは答えた。

[教師の読み]
○しかし、展開は思わぬ所へと動きだした。話題が福岡県の高校野球になってしまった。読み手の疑問解決の糸口は切れた。そして、長兄がこのような話題にする気持ちを理解しながら、しばらく静観することにする。

 今、戦後第一回の選抜中等野球が甲子園で始まっている。九州からは熊本商業、同じく熊本の済済黌、それにわが福岡県の小倉中学だ。小倉は好調で、京都一商に二対一、岐阜商業に同じく二対一で勝ち、たしか明日、準決勝で城東中学と対戦する。福島という投手が優秀らしい。
「そうか、もう選抜が復活してるのか……。」
ぼくの説明を聞いて、兄は改めてぽつりと言った。それからしばらくもの思いにふけっているようだったが、突然、やせ細った両腕を屈伸させながらぼくにきいた。

[教師の読み]
○戦争中1942年(昭和17年)から中断していた高校野球は戦後1946年(昭和21)夏の大会から復活した。21年の大会では小倉中(当時まだ戦前の学校制度が残っていた)は準優勝だったが、翌年と翌々年には優勝している。

○高校野球の盛んな福岡の一角を場面に展開していることを読みに生かしたい。

○長兄の「そうか、もう選抜が復活してるのか……。」のセリフを重視したい。「……」の部分、「ぽつりと言った」「しばらくもの思いにふけって」などに隠された長兄の心理を想像することによって、先程中断した「ファーストミット」と「キャッチボールをやめた」秘密が再び蘇る。

「おい、ボールあるか。」
「布をかぶせた手製のやつしかないけど。」
「ふん、まあいい、キャッチボールやろう。」

[教師の読み]
○読み手にとってこの場面は、(さあ、いよいよ長兄はその秘密を明かしてくれるぞ)という期待と不安の入り交じった気持ちが交錯する場面である。

 言われてぼくは机の引き出しから手製のボールを持ってきた。
「なんだ、おまえ、こんなふにゃふにゃのでやってるのか。お母さん、毛糸ある?」
兄はいったん布をはがし、中身の毛糸をきつく巻き直して、その上から母の出した毛糸玉でまたぐるぐる巻き、ときどき蝋を塗って固めている。そうしながら、やっと母とぼくに戦場の様子を語り始めた。

[教師の読み]
○「ふにゃふにゃ」のボールを巻き直しながら、長兄は戦場の様子を語りはじめる。読み手は、また、さきほどの疑問解決の糸口を失うが、新たに「土気色」でやせ細った長兄の戦場体験に興味と関心が募る。

   太平洋戦争が始まると、兄たちの部隊はまもなく中国からフィリピンに移った。そのあとさらに南太平洋の諸島を転戦し、敗戦の前年、昭和十九年の七月にテニヤン島の攻防戦に送られる途中で、輸送船が潜水艦にやられ、わずか三人で無人島に漂着した。正確な月日の推移もわからぬまま露命をつないでいるところをアメリカ軍に発見され、捕虜になった──。
   一範兄は、無人島の生活ですっかりやせ細り、その間に戦死と推定されたようだ。

[教師の読み]
○生徒にとって戦場の細かいことは想像できない。したがって戦争の悲惨さは浮き彫りにされない。ただ、あらすじとして長兄が九死に一生を得たことが明らかになる。そして、無人島の生活が現在の長兄の体にしたこともわかる。さらに、遺骨のない「戦死広報」の実態もあきらかになった。

   家の前の細い路地で、素手のキャッチボールが始まった。ボールは格段に重く硬くなっている。痛い。途中で二人とも軍手をはめた。それでも兄の球はスピード豊かでぼくのてのひらをしたたかたたく。ぼくの胸めがけて、すばらしいコントロールでぴしゃりとくる。ぼくはときどきはじいてしまう。ぼくは野球があまり得意でなく、好きでもない。なにしろ、土蔵の書斎暮らしだ。

[教師の読み]
○再び野球に話題が移る。「ボールは格段に重く硬くなっている」ことから長兄が野球には相当実力をもっていることがわかる。また、「兄の球はスピード豊かで」とか「すばらしいコントロールでぴしゃりとくる」などから野球の技術もすぐれていることがわかる。

○そのような長兄がどうしてキャッチボールをやめたのか(野球をやめたのか)、という疑問がいっそう膨らんでくる。

 ── こんなふうにして、一範兄と、特攻隊で戦死した兄と、病気で死んだ兄とで、この場所で、キャッチボールをやってたんだな。
 ぼくはだんだん、ボールに託して一範兄と会話をしているような気分になる。ぼくは力いっぱい投げる。
 ── 兄さん、潜水艦に沈められてなかったら、テニヤンで玉砕してたところだったね。
 ボールが返ってくる。
 ── そうだ、人間の運命なんてわからん。
 ぼくはその「言葉」を受けてまた返す。
 ── 捕虜の生活って、どうだった?
 兄がそれを受けて返してくる。
 ── 簡単に話せるもんか。
 今度は、兄が「言葉」を投げてくる。
 ── おやじの遺骸は出てきたのか。
 ぼくは、えいっとばかりに返す。
 ── うん、真っ黒焦げでね。
 ── 兵器廠では女学生は何人死んだんだ。
 ── 七十人って聞いた。
 そんなに力いっぱい続けて投げていいのかと思うほど、兄はしゃにむに投げてくる。まるで何かに怒っているみたいだ。

[教師の読み]
○いよいよ二人のキャッチボールが始まった。長兄にとっては何年ぶりだろうか。このキャッチボールから、先程の疑問も解決できるのかもしれない、という読み手の心理が働く。

○「ぼくはだんだん、ボールに託して一範兄と会話をしているような気分」になって、二人の間に心の会話が進む。それと同時に読み手もその会話をききながら、長兄の秘密を探ろうとする。

○長兄の発する言葉に重みが増してくる。「人間の運命なんてわからん。」「 簡単に話せるもんか。」は自身の戦争観を語っている。戦場では生きることは運命でしかない。また、捕虜生活に対して「簡単に話せるか」という心境は、体験者しか知らないものかもしれない。それを読み手はどう理解すれば良いのか。生死の境を運命の糸によって生き延び、つらい捕虜生活を送った戦争体験者の思いは計り知れないほど重い。それらの思いを自分の心の中にしまい込んでいる長兄の戦争に対する思いは、読み手の最大限の想像力で推測していくしかない。

○そして、次に長兄から発せられた「おやじの遺骸は出てきたのか」とか「兵器廠では女学生は何人死んだんだ。」という質問が、長兄の戦争に対する思いを具体的に表していく。つまり、焼死した父親のこと、直撃弾を受けた妹のことについて知りたいという思いがこの質問には込められている。そして、「ぼく」が発した「真っ黒焦げでね。」と「七十人って聞いた。」という答えによって長兄の戦争に対する思いが心の中で爆発する。(糞タレッ!)とでも吐き出したい気持ちであったろうことは想像できる。この心の爆発が「ぼく」が「そんなに力いっぱい続けて投げていいのかと思うほど」、長兄に「しゃにむに投げ」させているのである。

○「ぼく」はその長兄の気持ちを「まるで何かに怒っているみたいだ。」という思いで受け止めている。ここでは「何かに」に注目させたい。もちろん生徒は、これの指すものが「戦争」であることを読みとるにちがいない。

○しかし、「戦争」という二文字が読みとれただけでは、読みの深さは得られない。抽象的な「戦争」という一語に納められたさまざまな概念のイメージ化が必要である。そのことによって、戦争の残酷さや悲惨さを具体的に捉えさせ、そのことが戦争のイメージにつながり、実感として戦争を憎む心が芽生えるのである。また、そのことが長兄の気持ちと一つになることであるが、少なくとも「ぼく」が心配するほどに「しゃにむに投げてくる」長兄の思いに近づくことである。

「よし、やめよう]
やっと兄がそう言い、山なりのボールをぼくに送ってよこした。ぼくの息も荒いが、兄はそれ以上に苦しそうだ。体力が回復してないのに、いきなり激しくやりすぎたようだ。土気色の顔から垂れる汗が脂汗のように見える。だいじょうぶだろうか。

[教師の読み]
○やはり、長兄の体はおかしい。久しぶりとはいえ、土蔵で読書に耽っている「ぼく」よりも疲れている長兄の体は病気としか考えられない。「脂汗」が新しく付け加えられたが、生徒にはまだどんな病気かは知らない。でも、「ぼく」と同じ気持ちで長兄のことを心配する。

 二人で縁側に引きあげ、手ぬぐいで汗をふく。ぼくの息は収まったが、兄はまだ肩で大きな息をしている。
「一範、あなた、少し熱があるんじゃない。」
母が心配そうにのぞきこんで、兄の額にてのひらを当てた。
「熱いわよ、本当に。風邪かしら。とにかく横になりなさい]
 兄は口数が少ないまま、母の敷いたふとんに横になった。ぼくは母からひそかに命を受け、医者に走った。
 肺結核、それもかなり進行している── これが医者の診断だった。絶対安静が命ぜられた。
 ── ぼくが心中ひそかにかぶれていた病気に、兄さんがかかっていたなんて……。

[教師の読み]
○長兄の状態がはっきりしたが、「かなり進行した肺結核」ということによって状況は意外な展開となってきた。栄養によって左右されるといわれるほどの病気で、またの名を「贅沢病」とも言われ、栄養をたっぷりとれば治るともいわれた。そのような側面から「ぼく」はこの病気に憧れていたわけである。しかし、敗戦後の貧しい日本人にとってはほとんど「死」を意味していた。たぶん、十五歳の「ぼく」にはまだそこまでは知らなかったのだろう。したがって、「ぼくが心中ひそかにかぶれていた病気に、兄さんがかかっていたなんて……。」の「……」がどういう意味をもっているのか今のところは読みとれない。しかし、生徒は短絡的に「ショックを受けた」という類の読みをする。この場合もやはり、教師は次への読みへの求心力として対応したい。

(第三場面)

   選抜中等野球で、小倉中学は結局決勝戦に進み、徳島商業に延長十三回で三対一で惜しくも敗れ、準優勝に終わった。
 中学四年の一学期が始まった。今年度いっぱいで今までの五年制中学が廃止され、今年から三年制の中学が義務教育となり、来年四月には三年制の新制高校が発足する。ぼくらは来年は、その高校の二年に進むことになる。
 戦後三年めになって、教科書も教育方針もようやく整い、教師も生徒も、勉強に熱が入り始めた。スポーツも盛んになってきた。
 しかし、ぼくは変わらない。できれば学校に行かずに土蔵で本を読んでいたい。今は谷崎潤一郎と太宰治にひかれている。それに映画をたくさん見たい。銀幕に映ってははかなく消えてゆく映画は、ぼくの「喪失」にぴったりだ。とりわけフランス映画──。
 その一方で、一範兄とキャッチボールをやって以来、あんな単純なことから、野球にも興味がわいてきた気がする。できれば毎日でも、母校の往年の選手だった兄とキャッチボールをやりたい。しかし、一度だけそのきっかけを与えてくれたまま、兄は病の床に就いてしまった。一度、ぼくが学校に行っている間に血をはいたらしい。

[教師の読み]
○このことから長兄が帰ってきたのは1946年(昭和21)の春ということになる。その後日本の教育制度が改革されていくが、「ぼく」には変化は来ない。ただ、長兄との絆によって唯一キャッチボールをしたい、という思いが生まれた。しかし、長兄は肺結核で療養中である。そして、血を吐いた。肺結核で血を吐くことは絶命を意味する。長兄の身に死は近づいているが、「ぼく」にはまだ伝わらない。読み手にはうすうすと感じられる予感ではある。

第四場面

   校庭の桜は満開である。一塁線と三塁線に珍しく真っ白な石灰がまかれ、そこからわずか三メートルほど隔たったところに荒縄が張られた。その線まで、生徒や野球好きの大人たちが出てきて後ろで押し合いへし合いしている。F中がH商を招いての対校試合である。
一範兄のおかげで野球が少し好きになったが、いちばん好きなのは、バットが硬球を打ち返す一瞬の、カン!という乾いた響きである。あの音はほかのスポーツにはない。それから、野球部員たちが特権のように誇らしげに持つグローブやミット、あれはなんとなくこっけいな代物に見えてしかたないが、その中でファーストミットだけは美しい形をしていると思う。ぼくが小さい時に野球が好きになっていたら、きっと一範兄の残していったファーストミットを手にはめて得意になり、母に野球部に寄付などさせなかっただろう。
 試合開始、F中のナインが守備に散った。ぼくは本塁と一塁の中間ぐらいのところに場所を占めた。長身の一塁手が、内野手の肩慣らしの送球を受けている。
 ── あのミットは、一範兄のかな……。
 そうにちがいない。今年あたりから少しずつそろい始めた新品のグローブやミットの中で、一塁手が今手にしているミットは見るからに古く、皮の色がはげて表面もざらざらしている感じだ。

[教師の読み]
○物語は一段落したように、長兄の死の予感を含めたままたんたんと進んでいる。久しぶりの野球大会である。長兄の愛用したファーストミットが登場する。読み手は改めて、前編で読みとったあの疑問を思い起こすことになる。こんどこそ、あのファーストミットの謎がとけるにちがいない。だれもがそういう思いで読む。

 H商の先頭打者が三遊間に強い当たりを飛ばした。遊撃手が横っ飛びに好捕、足を踏んばって一塁に送球。パシッという音がしてボールがファーストミットに収まった。その時、ぼくは一塁手のすぐ後ろの見物人の中の一人を見て、はっとした。
 ── 一範兄! いつのまに来ていたんだ。絶対安静と言われているのに……。
歩ける体じゃないはずだ。

[教師の読み]
○そんな思いで読み進めていく中に長兄が顔を出す。「ぼく」の心配は読み手の心配となるが、反面、やはり、長兄の野球には何らかの謎があることを確信する。何かが起こるような予感を持つ。

 ぼくは群衆をかき分けて兄の方に行こうとした。しかし人で埋まっていて容易ではない。しばらくは遠くから見守っている以外にない。
 群衆に混じった兄の顔は、いっそうこけて見える。土気色というよりはもはや蒼白である。F中の一塁手の挙動をじっと見つめているようである。自分のファーストミットを見つめているようでもある。そのまなざしに、鬼気迫るものすら感じる。彼がかつて、あのミットをはめて、今彼のいる地点から白線を隔ててあるあのファーストベースを守っていたことを知る者は、恐らくここにいないだろう。

[教師の読み]
○やっぱり長兄にとって、あのファーストミットは特別なものである。野球を見ているというよりも、自分の中学時代のポジションとミットを見ている。しかも「そのまなざしに鬼気迫るものすら感じる」ほどである。「鬼気せまる」という語の持つ雰囲気を生徒は読みとれるだろうか。注意したい。

 ぼくは、はっと思い出した。
 ── 一範兄は、次兄たちとやっていたキャッチボールを、なぜ突然やめたのか。ほかの兄たちは、一範兄についてきくぼくに、なぜ「うるさい]とか「知らん]としか答えてくれなかったのか。復員してから、ミットを返してもらおうと言ったことになぜ強い語調でノーと言ったのか……。
試合の流れを目で追いながら、そんなことが頭を去来する。一回の表、H商の三番打者が高い左飛を打ち上げ、三者凡退に終わった。ぼくは、目をレフト方向から兄の方に移した。兄の姿は消えていた。

[教師の読み]
○「ぼく」も読み手も同じように長兄が野球をやめたことへの疑問とファーストミットのことに集中していく。しかし、長兄は疲れたのか帰ってそこにはいなかった。

第五場面

   何回かの喀血の後、兄は死んだ。外地にいた時から自分の症状を知っていたのにちがいない。故国に死にに帰ってきたようなものだ。自分の症状をわきまえながら、ぼくと最後のキャッチボールをし、そして、自分のファーストミットを見に、母校での試合を見に来た。覚悟していたのだろう。

[教師の読み]
○長兄はやはり死んでしまった。長兄の死の意味するところは大きい。戦争によって殺されたようなものだった。しかし、長兄は故郷に帰り、止めていたキャッチボールをし、自分のファーストミットを見て死んでいった。どんな気持ちで死んでいったのか、誰も知らない。ここは、読み手がそれぞれの思いで想像し、考えを広げていきたい。そして、それを互いに交換しながら、戦争と平和の問題(例えば、戦争で中断された甲子園の高校野球とも絡めて)へと発展させたい。

○一方、野球とファーストミットについてはまだ疑問は解決されていない。

   野球部に新しいファーストミットが来た。ぼくは、用済みになった兄の古いミットを、形見にと返してもらいに行った。そのミットを持って帰る途中、校舎の片隅で老人の浦部さんとすれちがった。ずっと前からF中で働いている人だ。ぼくが市井兄弟の末っ子であることも知っている。浦部さんは、ミットを見てぼくに言った。
「それ、いちばん上の一範君が使っとったミットだろう」

[教師の読み]
○何かいわくあり気な浦部さんの登場で長兄のミットが話題になっている。いよいよ物語も終盤を迎えたようだ。きっと浦部さんから長兄の秘密が聞けるかもしれない。そんな予感がする場面になっている。

第六場面

 浦部さんの部屋のコンロで、大きなアルミのやかんがチンチンと音をたてている。浦部さんは、ポケットから吸いさしの短いタバコを出してくわえた。ぼくは、浦部さんが渋るのをせがんで、一範兄のことを聞き始めている。「あの時、うちが一度だけ夏の地方大会で決勝戦まで進んだ。相手はH商、勝てば甲子園初出場、まあ、今とは比べものにならんほど、あの時のうちのチームは強かったな」
 決勝戦は接戦となり、先攻のF中が二対一とリードして最終回の守りについた。そして二死走者一、二塁からH商の打者は平凡なサードゴロ、三塁手捕って一塁へ ── F中の甲子園初出場なる、球場にいるだれもがそう思った。ところが三塁手の絶好と見えた送球は市井一塁手のミットからはじけてライト線へ。二者生還、三対二でH商の逆転サヨナラ勝ち。F中は、九分九厘手にしていた甲子園初出場の切符をH商にうばわれた。
「球が急にシュートしたのか、名手市井のミットの土手に当たったらしい。野球は恐ろしい。何が起こるかわからん」

[教師の読み]
○やっと明かされた謎。解きあかされた疑問の答はあまりにも残酷であった。長兄が野球を止めた理由にはこんな残酷なことがあったのか。だから、次の兄も三番目の兄も野球部には入らなかったのだ。だから、キャッチボールも長兄がいないときにこっそりとやっていたんだ。だから、「ぼく」がいくら聞いても教えてくれなかったのだ。だから、ミットを返してもらったらと言っても拒否したのだ。すべての疑問が解かれてみて、あらためて長兄の心情が痛々しく伝わってくる。

○どんな気持ちで「ぼく」とキャッチボールをしていたのか。どんな気持ちで久しぶりの野球大会で自分のポジションと自分のファーストミットをみていたのか。長兄の気持ちが痛いほど伝わってくる。これまでの読みが深まっていたら、そのようなことを生徒は読みとってくれるだろう。そしてはじめて長兄と「ぼく」の心がつながり、そのことが「ぼく」のあらたな「喪失感」を生み出すことになる。それはとりもなおさず、読み手の「感動」として湧いてくるものである。したがって、「ぼく」の「喪失感」が読みとれない限り、読み手の「感動」は生まれて来ない。

第七場面

 そろそろ初夏のにおいがする。ぼくはまた母と二人きりになり、また、土蔵の明かり窓の下で過ごす時間が長くなった。新たな大きい「喪失」── 死んだはずの一範兄が生きて帰っての死 ── その形見の、つやがなくなって干からびたファーストミットは、土蔵のぼくの机の上に飾ってある。

[教師の読み]
○ながく静かな余韻を残している最終場面である。前場面までにすべての読みが終わって今は、長兄の形見となったファーストミットを通して、「ぼく」が一回り大きく成長した心が見えてくるようだ。新しい「喪失」は苦しい長兄への思いを経てうまれてきたが、そこには悲壮感はない。長兄の死という現実に根ざしたものだからであろう。失った人への悲しみは時の流れによってその人に支えられるという。

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