慰霊の日平和学習 3年   (1996年度)  「生徒の感想
 [補助資料]

ガマの中での追体験と体験者の証言を聞く

1 主題

 沖縄戦における住民の状態を追体験し、戦争の悲惨さと平和の尊さを体得する。

2 主題設定の理由

  戦後五十年が経過し、太平洋戦争における最大の激戦地である沖縄において、戦 争を体験した人も老革化し、またその数も少なくなっている。そのような中で、戦 争を知らない教師や父母が行う「戦争と平和」の教育はとかく観念的、抽象的にな りがちである。

    生徒が、戦争について具体的なイメージを描き、戦争の残酷さや悲惨さをわかる ことることが、平和教育の土台ともなる。そのために、今年度も「慰霊の日」特設 授業(行事)は、沖縄戦における視点を絞り、主題を具体的に掲げた。そのことは 、本校が「平和教育」の指定研究を実践することとも関係することである。

  つまり、教育課程に位置づけられた「戦争と平和」の教育として、今回の「慰霊の日」特設授業(行事)は、本研究の重点目標(2)「生命の尊厳と平和の尊さを理解する生徒を育てる」を達成するための実践である。戦争が人間の命をいかに冒涜していくのか、戦場における人間の行動がいかに非人間的になるのか、を学習することによって戦争の残酷さと悲惨さを学ばせたい。そのことによって、生命の尊厳と平和の尊さがわかる生徒が育つことにつながると信じるからである。

3 学年    3学年4学級

4 月 日    平成 年 月 日(金) 5・6校時

5 場所    「アンディラ壕」と「アンガー」、「萬華の塔」前広場

6 学習形態

  壕内での追体験と慰霊の塔周辺での戦争体験者によるお話

7 指導内容

  〜戦争における住民の体験を追体験するために〜

(1)壕の中での学習(「アンガー」と「アンディラ壕」)

 ○暗黒の世界 〇壕の生活の様子 ○その期間 ○食料・水 ○日本軍との関係 ○米軍の攻撃 ○住民同士の関係 ○子ども・老人・女性の様子 ○負傷・死・病気など
(2)体験者の話を聞く(「萬華の塔」前で)〜(大城藤六氏)の話

8 方針

(1)事前学習について(@〜Cは各学年共通)

 @ 地上戦と原爆による被害の状況などの写真パネルを図書館に展示する。
 A 図書館においては、戦争関係の図書を紹介する。
 B 図書館において、校区内から収集された沖縄戦の遺品を展示する。
 C 戦争と平和に関するビデオを視聴する。

 D 前年度の学習内容を復習する。(「ひめゆり資料館」見学)
 E その他、他団体の行事に積極的に参加を促す。

(2)事後学習について

  事後、学習についての感想文を書き、一人ひとりの思いを共通認識する。

9 役割分担

(1)集合〜( )
(2)引率〜 1・2組女子(  )/ 3・4組女子(   )
1・2組男子(  )/ 3・4組男子(   )
(3)話者交渉〜  ※止むを得ない時(   )と(   )が行う。
 「アンガー」(  )/「アンディラ壕」( )
(4)長靴の準備・整理保管〜( )
(5)謝礼準備〜
(6)証言を聞く会の生徒の係指導〜
(7)感想文を書かす〜担任

10 準備すべきもの

〇補助資料(プリント)
〇当日はトレバン登校にする。
〇懐中電灯〜必ず持参させる。
〇長靴〜学校で準備する。(アンガーのみ)
〇ハンドマイク

11 予算
 話者への謝礼

12 日程
 〇1:40〜集合(中庭)、諸注意、移動
 〔アンガー〕
 ○2:00〜1組・2組女子入壕、説明 ※1・2組女子は長靴を持つ。
 ○2:40〜3組・4組女子入壕、説明 ※長靴は3・4組が持つ。
 ○3:20〜「萬華の塔」に移動する
 〔アンディラ壕〕
 ○2:10〜1組・2組男子入壕、説明
   ○2:50〜 3組・4組男子入壕、説明
   ○3:30〜4:15〜ミニ平和集会と証言を聞く会(学級別に並ぶ)
     ・始めのことば〜( )・証言を聞く(大城△△さん)
     ・お礼のことば〜( )・平和への誓い〜( ・ )
     ・終わりのことば〜( )
   ○ 4:15〜現地解散     ※学校で長靴の後片付け

13 留意点

(1)技術教室前に集合し、学級・男女別に移動する。
(2〉壕では男女別学級ごとに入る。
(3)女子は壕を出た後「萬華の塔」へ移動する。
(4)待ち時間を利用して、プリントを読む(壕の中の様子の証言から〉。
(5)長靴履き替えでもたつくことが予想されるので、担任の配慮が必要。
(6)「万華の塔」では学級毎に整列し、体験者の証言を聞く。(万華の塔前が使用 出 きない場合は
      出荷場前で行う)
(7)連絡事項等を徹底して現地解散する。但し3・4組の女子は学校まで移動する。

14 生徒の事後感想から

                                                                                                                    男子

 真っ暗な壕のなか、手足も自分がどこにいるかさえわからない真のやみで、電灯を消すとそんな感じになった。戦争当時この中で、数百名の人々が暮らしていた。その時の感じをちょっとでも体験できたのは、勉強になったが、「こんな中に戦争中おびえながら僕たちより小さな子が。」と考えると、怖くなった。それが最初の印象だった。

 話は変わって、壕の中に入ると、人一人が通るのがやっとという道が続き、その奥に僕たち男子がちょうど入るぐらいの空洞がある。その奥は、まだ続いていたが、何があるかよく分からないので、進まなかった。

 帰りは来る時よりも早く出ることができた。出た瞬間、暑くなった。それほど壕の中が冷たかったということがあらためてわかった。

 戦争は、人と人とが争うもの。なぜ同じ人間なのに、国が違うため自分の欲望のために自己満足のため、血を流すのだろうか。戦争で犠牲になるのは、権力者じゃない力のない女、子供、老人なんだ。だが歴史の中では、この悲惨な出来事がくりかえされている。

 世界を平和にするには、争いをなくさなければならない。しかし、それは理想という人がいるが、僕はそうは思わない。世界中の人々が分かり合って、手をつなげばきっとその日が来ると信じている。
                                        
                                                            男子

 「ガマ」、僕の考えていた壕はゴツゴツした岩で小さいそんなイメージの壕だった。でも、入ってみると、以外に入口は広かった。岩は石灰岩の溶けた鍾乳洞になっていた。とても滑らかになっていた。入ってまず感じたことは、涼しい地面は湿ってつるつる滑り、歩くのも困難なところだった。

    奥まで行く途中、奇妙な生き物とか、とても狭い所とかがあったりして、とても人が住む所ではないなあと思いながら、奥へと進んで行った。やっとのことで目的地についたようなので、みんな腰を下ろして、先生たちがもってきたテープを聞いた。

    戦争のテープとか本とかよく聞いたりするけど、壕の中では一層不気味に聞こえた。テープを聞いたあと、みんな懐中電灯を消した。暗いというのを通り越して、自分がどこにいるのかというだけでなく、自分の手が見えなくて、目をつむっているんじゃないかという感じがした。

    みんな静まり返るとあたりがシーンとして、何の音も聞こえてこなかった。昔は、懐中電灯はもちろん、ろうそくだって不足していたはずなのに、こんなに暗い何んもなくて、何の音もしない壕の中で、とじこもっていたのか、とても惨めだと思った。

 帰る時は、来た時よりも早かった。入る時は何があるか分からなかったかもしれないけど、とても早く感じた。全員が壕に入ったあと、女子が到着した。その後、戦争体験者の話を聞いた。話を聞いてとても恐ろしかった。生きたまま傷口からウジが湧いたり、麻酔なしで手足を切断したりしたと言っていた。

 戦争は全てが勝ったほうのアメ リカのせいだけではなくて、しかけた日本も悪いと思った。戦後は過ぎてしまったけど、これから戦後百年にむけて、みんなで正しく語り継いで戦争のおこらない世界を作っていかなければならないのではないかと思った。
                                        
                                                        女子

 私は、初めてガマを見にいって、最初の印象は、大きいなあということでした。入ったらとっても涼しかった。でもとっても真っ暗だった。中に入っていくと、水がたまっていて、土がベチョベチョになっていた。

 昔の人は、こんな中で暮らしていたのかなと思いながら入って行きました。でも、このアンガー壕は、水があるからいいけど、他の壕は水がないので不便だったと、先生から聞いてびっくりしました。壕の水を飲むなんて私には考えられなかった。でも、昔はそんなことが関係ないほど、水はとっても大切だったんだなあと思いました。

 壕の中で実際にあったことを津多先生から聞いて、米軍はこわいなあと思いました。壕の中で子供が日本兵に首をしめられて殺されたことを聞いて、日本兵は、自分たちのためなら子供でも殺すなんて、ひどい残酷すぎると思いました。

 戦争でたくさん人が亡くなっている。国と国が仲良くすれば、戦争なんておきなかったのに、戦争はただ傷つきあうだけなのに、死んでいった人たちがかわいそうだと思いました。

 戦争は1945年6月23日終わった。戦争が二度と起こらないようにするには、国と国が協力しあえばいいと思いました。

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