文化祭における学級展示「沖縄戦」の取り組み(学級通信から)

               生徒の感想作文

1 はじめに

    文化祭まであと46日。昨日は生徒会中央委員会で、学級の舞台・展示の最終決定が行われました。

    一組は、一度決めた展示に代わって「エイサー」をやろうという声が出て、ほとんどの人が、その気になっていましたが、南風原町内でのエイサーは、津嘉山、神里しかなく、そのことがいろいろな難しいことを招いていました。

     練習時間が遅い、練習場所が遠い、などが大きく障害となって、学級で最終的な意見をとったら、25名が「しない」といい、10名が「する」で、残りは「どっちでもよい」でした。しかも、男子のほとんどが「しない」でしたので、今回は、「エイサー」を取りやめ、もともと決定していあった「沖縄戦」(展示)に確定しました。
 
   文化祭まで、46日、これからみんなの意見で内容をつめていことになります。ユニークな展示をめざしましょう。
                                                                                                     (「黄金森」129号)
2 文化祭の内容決定

    文化祭にむけての各班及び全員の取り組む内容が決まりました。

(1)戦死者数〈全員〉
    沖縄戦では、どのくらいの人がなくなったか。軍人と住民の割合はどんなだったか。

(2)沖縄戦の様子〈七班担当〉
 なぜ沖縄戦はおこったのか。どのような経過をたどったのか。どんな様子だったか。 どんなふうにして終わったのか。

(3)戦死者〈八班担当〉
 戦争でなくなった人々は、どんなにして死んでいったか。集団自決、日本軍による、 米軍による、栄養失調、けがや病気、自殺、その他。

(4)戦争中の生活〈二班担当〉
  戦争中の衣食住はどうだったのか。ひなん壕の生活はどうだったか。

(5)戦争と子ども〈三班担当〉
 戦争中の子どもの生活はどうだったか。学校生活はどうだったか。ひめゆり学徒隊、 疎開(対馬丸)はどうだったか。

(6)戦争体験者〈六班担当〉
 恐ろしい戦争を実際に体験した人の話、体験者の平和への希望はどんなだったろう。 そして、それを聞いた班員の感想。

(7)終戦(敗戦)〈五班担当〉
 戦争が終わって人々はどんな衣食住だっただろう。どんなふうにして復興の作業をは じめのだろう。収容所での生活はどうだっただろう。慰霊塔はなぜたてられたのだろう。

(8)軍事基地〈一班担当〉
 米軍基地はなぜ沖縄にたくさんあるか。基地は何をするところか。

(9)これからの未来〈全員〉
 みんなが理想とする平和な未来はどんなものか。

(10)戦争と遺品コーナー〈先生担当〉
 南風原の陸軍病院壕から発掘された遺品やその写真を展示する。

(11)みんなの意見〈四班担当〉
 みんなが戦争や平和についてどんな意見をもっているのか、文集にする。

    以上が二年一組の文化祭の展示内容です。
展示の内容をしっかりとするために戦跡めぐり、壕調査、基地めぐり、そして、体験者からの聞き書きなどを行います。
                                                                                  (「黄金森」134、135号)
▲お願いです

    文化祭にむけて動き始めました。そこで父母のみなさんにご協力をお願いします。
1 子どもからいろいろ質問があると思いますのでよろしくお願いします。
2戦争に関する品物などをお持ちでしたら貸してください。
3体験談をおよせください。ご意見もお寄せください。
4父母のコーナーが作れたら最高です。
                                                                                     (「黄金森」135号)

3 文化祭にむけて 人体図急ピッチ

    文化祭の取り組みの初仕事は、全員で行う「人体略図」描きです。
これは、大きな方眼紙の一センチマスに一人一人の人体の略図を描いていくものです。

    沖縄戦で亡くなった20万人あまりの人々の数を一人一人の図で表そうとするものです。一口に20万人あまりと言ってしまえばどうということはありませんが、一人一人を一人の人間としてあらわしていくと、その数の恐ろしく多いのに気がつくはずです。なかには、この作業をとおしてはじめて、20万人あまりの人が死んだ恐ろしさを感じ取るはずです。

    また、文化祭を見に来る人も、その数の多さに圧倒されるはずです。
44人で描いて行くと、20万人あまりというのは、大方眼紙の30枚あまりにのぼります。

    班ごとに4枚ずつ、約3万人近くの人体を一人一人が描いていきます。すでに一日目で2枚も描きあげた班もあります。なかには、その人体図を工夫して、そこに自分たちの考えを表現しようという班の動きも現れています。

    これが終わると、班ごとの取り組みに移ります。
                                                                                             (「黄金森139号)

4 文化祭の取り組み 他のクラスの協力も

    文化祭に向けての取り組みが、各班ごとに行われるのですが、今活動が止まっています。
それはなぜか?それは、沖縄戦という大きなテーマであること、が原因のようです。それぞれ項目を作って取り組むことになっていますが、それでも、まだどこから何を調べていいのかわからない、という様子です。

    そこで、班長会を招集して次のことを提案しました。「他のクラスの生徒に沖縄戦についていろいろと知りたいことをアンケートで集めて、そのことについて調べてみよう」

    班長たちも承認して、さっそく、アンケートをとることになりました。どんな質問が集まるのか、不安でもありますが、これで各班とも調べものがやりやすくなるでしょう。
                                                                                      (「黄金森」142号)

5 こんなことが知りたい 質問事項二百も
先程、他学級にお願いしたアンケートの集計がでました。

◆ 第二コーナー〈沖縄戦〉…七班関係

1 住民の被害について
2何人死んだのか 
3おれたちのオジーはどの部隊にいたのか
4どうして戦争をしたのか 
5戦いの様子や逃げ隠れした人々の様子 

6どこが最も悲惨だったのか(被害は?)  
7南風原町の人々はどこににげたのか 
8人々はそれぞれどういう目に合ったのか(民間の様子)  
9外人(アメリカ人)の人数は? 
10(米軍の)船は何隻きたか  

11南部の戦争のようす  
12戦争中のようす 
13沖縄がなぜ激戦地になったのか  
14避難したのは最もどこが多かったのか  
15那覇の空襲のこと  

16武器の種類などは?  
17飛行機や戦車の数  
18どういう兵器が使われたのか 
19日本兵の数は? 
20どんなふうに攻めていったのか  

21アメ リカはどんなに攻めたのか  
22住民はどのように逃げたのか  
23米軍はどこから上陸したのか  
24日本兵と避難民との関係  
25(沖縄戦は)いつごろ始まって何年続いたのか  

26なぜ日本(本土)でやらないで、沖縄でやったのか  
27米軍の戦略はどうだったか 
28日本軍とアメリカ軍の力の差は?
29アメ リカ兵や日本兵の様子は? 
30沖縄の人々は(沖縄戦を)どううけとめたのか

31戦争の規模はどのぐらいか 
32昼と夜の戦いの違いは? 
33空中戦はあったのか
34ゼロ戦はどうしたか  
35南風原町では主にどこが破壊されたか 

36南風原町はどうなったか 
37沖縄の人口の何%が死んだか

◆ 第三コーナー〈戦争中の生活のようす〉…二班関係

1食べ物や飲み物はどこから手にいれたか 
2 どこに逃げたのか 
3どんなふうにつらかったか  
4住んでいたところはどんなようすだっか 
5どんな洋服を着ていたか 

6お風呂はどうしたか  
7壕のなかの生活はどうしていたか  
8テレビはあったか
9ファミコンはあったか
10戦争前期と後期の違いは?

11家族はどうなったか
12一日中何をしていたか
13畑はあったか
14親の苦労はどうだったか
15履物はどうだったか

16疎開のこと

◆ 第四コーナー〈戦争で人々はどんなにして死んでいったか〉…八班関係

1住民虐殺のこと
2どのような亡くなり方をしたか (自決、病気、けが、爆弾、スパイ、飢死など)
3そのうちどれが最も多かったのか
4どんな所で亡くなったか 
5どういう人たちが亡くなったか  

6遺体はどうなったか 7なくなった時の様子
8年齢別に死者の数
9兵隊の生き残った人数  
10自決のこと

◆第五コーナー〈戦争と子ども〉…三班関係

1 当時、子どもはどんな仕事や遊びや生活をしていたか
2食べ物はなにを食べていたか
3どういうふうに逃げたのか 
4学校はどうなったか 
5親と離ればなれになった子どもはどうなったか(疎開なども)  

6どういうふうに生き残れたのか
7死傷者数は? 
8戦争の訓練は何歳からしたか
9戦争に行きたいと思ったか
10今の子どもとの違い?

11当時教えられた教育のこと
12軍事教育はどのように行われたか
13軍隊に参加させられたのは何歳か
14同時の苦しみは?

◆第六コーナー〈戦争体験者〉…六班関係

1どのように戦火を逃れたのか  
2壕の中のこと
3どんな苦しい思いをしたのか
4戦争のようす
5戦争中何をしていたか

6まわりの様子は?
7どんな気持ちだったか
8人々のようすは?
9目の前で人が死んでいくのをどう思ったか
10空襲のこと

11米軍はとういうふうに攻めてきたか
12どのぐらい家がなくなったか
13何日ぐらい逃げ回ったか
14米軍のようすは?
15日本兵の沖縄の人に対する態度

16米軍にとらえられた時のこと
17逃げる時兵士を看護した人のこと
18米軍人をどう思ったか  
19戦争が起こった最初のこと
20飛行機に追いかけられたこと

21自分の村の様子
22家族はどうなったか
23どこからどこまで逃げたか
24捕りょのこと
25兵隊や天皇に対する戦争中の周りの人々の声は?

◆第七コーナー〈戦争後の生活〉…五班関係

1寝る場所はどんな所だったか
2お金はどんな?
3食べ物は?
4家はどうだったか
5人々の気持ちはどんなだったか

6身内を見つけることができたか
7どんな仕事から始めたのか
8まわりの風景は?
9着るものは?
10病気は?

11アメ リカのこと
12移り変わっていくようす

◆第八コーナー〈沖縄の軍事基地〉…一班関係

1軍用機はどのぐらいあるか(軍事力?)
2核兵器の種類は?
3米軍人は何人が基地にいるか 
4軍事基地の設備は?
5(軍事基地に)年間に使うお金は?

6(米軍基地を)なぜ沖縄につくったか
7基地の面積は沖縄の全体の何%か
8軍の中の人たちの生活のようす
9どんな訓練が行われているか
10なぜ沖縄だけにあなにたくさんの(基地が)あるのか

11基地の街の人たちの生活の不満とか?
12いつまで基地はあるのか
13基地をなくす運動の人々のようす
14(米軍基地の)問題点とよい点
15基地反対のデモなどをアメ リカ軍はどう思っているのか

16これから(米軍基地は)どうなるか
                                                                                  (「黄金森」145〜149号)

▲ 現地調査 あす(二、三、七班) あさって(一、五班)

  いよいよ今年最後のテストが始まったが、一組では明日あさってと、文化祭にむけての現地調査を行います。

 ★明日…〈南部戦跡地〉軽装、各自懐中電灯をもってくる。「糸数の壕」「ギーザーバンタ」「資料館」など行きます。

 ★あさって…〈中部基地群〉軽装私服、八時半出発、主な米軍基地、収容所跡などを見ます。
 なお、あすの班は一時出発です。昼食は各自。あさっては午前中。

 ※ 六班、八班は後日行う。
                                            (「黄金森」149号) 

6 一、二、三、五、七班が現地調査 南部戦跡と中部米軍基地

    文化祭に向けて取り組む「沖縄戦」について調査する時、ほんとうに心から理解してもらうために、土曜、日曜日の両日、現地調査をしました。

    土曜日は、二班、三班、七班で、「糸数の壕(アブチラガマ)」、ギーザバンタ、県立平和祈念資料館、「魂魄の塔」、一家全滅の屋敷跡を見て回りました。

    平和祈念資料館では、□□中の二年生が同じく文化祭に向けての調査で来ていました。
     日曜日は、一班と五班で、「泡瀬通信基地」「ホワイトビーチ軍桟橋」「天顔桟橋」「屋嘉収容所跡」「嘉手納基地」「トリイステーション基地」「ぞうのおり」と呼ばれている巨大な円形アンテナ(米海軍安全保障部隊)、「キャンプコートニー」「キャンプズケラン」「知花弾薬庫」などを見て回りました。

    普段なにげなく通っている国道、県道の側は基地ばかりという感じでした。その気で見ると、本当に沖縄の米軍基地の多さ、大きさにうんざりするほどでした。

    これから、調査したところを中心にして、自分たちで納得できる内容を調べていくことになります。残った班は近いうちに実施することになります。

▲ 改めてお願い 共に学ぶつもりで…

    お父さん、お母さんも若い世代になって、戦争のことについて調べる時にとても困難になっています。そこで、お父さんもお母さんも、,共に学ぶ、という気持ちで戦争体験談をよみ合うとか、現在生存しておられる親戚の年配の方に聞いてみるとか、そんなことをぜひご協力願いたいです。もちろん、ご自身の体験がもっとも切実でいいんですが…。
                                                                                        (「黄金森」151号)

7 各自分担決まる 取り組みいよいよ具体化

◆ 第二コーナー〈沖縄戦〉…七班

@ナオ→沖縄戦はいつ始まってどのくらい続いたか。
Aヒデ→アメリカ軍はどんなに攻めたか。(兵隊の数、船、飛行機、戦車などの数、武器の種類、戦争の規模、昼と夜の戦いの違い、兵隊の様子、上陸地点、那覇の空襲)
Bケン→日本軍はどんなに戦ったか。(兵隊の数、船、飛行機などの数、武器の種類、米軍との力の差、兵隊のようす、ゼロ戦)
Cサヤ→南部の戦争のようすはどんなだったか。(避難、苦しい目、戦場のようす)
Dヨウ→住民の被害はどんなだったか。(沖縄県民の気持ち、死者の割合など)
Eエイ→沖縄はなぜ激戦地になったか。(戦争の原因、沖縄戦の原因など)

◆ 第三コーナー〈戦争でなくなった人々〉…八班

@ユキ→どのような亡くなり方をしたか。(場所、原因、,人数、どういう人たち、遺体のようす)
Aショウ→年齢別に亡くなった人はどのくらいか。
Bナオ→兵隊(日本兵、アメ リカ兵)の生き残った人数は何人だったか。
Cカオ→住民虐殺はどうしておこったか。(理由、場所、人数、遺体、状況)
Dヨシ→自決はとうして起こったか。(理由、場所、人数、様子)

◆ 第四コーナー〈戦争中の生活〉…二班

@ソノ→住んでいた所はどんなところか。(風呂、一日の様子)
Aカズ→生活はどうだったか。(食べ物、飲み物、洋服、はきもの、苦労)
Bキョウ→壕の中の生活はどうだったか。(一日の様子、苦労、)
Cミツヒ→疎開(そかい)の様子はどうだったか。
Dショウ→家族はどうなったか。
Eヨシ→戦争前と戦争時とはどのように違ったか。

◆第五コーナー〈戦争と子ども〉…三班

@サワ→子どもはどんな生活を送っていたか。(仕事、遊び、食べ物、今の子どもとの違い)
Aタク→学校ではどんな教育をうけたか。
Bタク→戦争の時学校はどうなったか。
Cアツ→軍事教育はどのように行われたか。(訓練、軍隊)
Dタカ→親と離れた子どもはどうなったか。
Eタカ→子どもはどのくらいの人がなくなったか。 Fススム→どういうふうにして生き残れたか。

◆第六コーナー〈戦争体験者〉…六班

@トモ・ユウ→どのによう戦火を逃れたか。(逃げた場所、日数、死者、周囲の様子、人々の気持ち、苦しみなど) 
Aケイ→村はどのように変わったか。(空襲、家、人々)
Bアツ→米軍人をどう思ったか。(捕りょになったこと) 
Cトオル→日本兵は沖縄の人々にどんな態度をとったか。 
Dタカヒ→兵隊や天皇に対して戦争中はどんな気持ちだったか。

◆第七コーナー〈戦争後の生活〉…五班

@ヨシノ→どんな所に住んでいたか。 
Aワカ→食べ物はどんなものを食べたか。 
Bアツ→着るものはどんなだったか。 
Cワカ→どんなお金を使っていたか。 
Dマサ→身内を見つけることはできたか。 
Eシン→どんな仕事から始めたか。 
Fシン→まわりのようすはどんなだったか。 
Gヨシノ→人々はどんな気持ちで生活したか。
Hアツ→どんな病気が多かったか。 
Iマサ→アメ リカ軍はどうだったか。

◆第八コーナー〈沖縄の米軍基地〉…一班

@アキヒ→面積は沖縄全体の何%あるか。(場所と広さ) 
Aトシ→軍事基地はとんな働きがあるか(軍事力、設備、核兵器、組織) 
Bトモヒ→どんな訓練が行われているか。 
Cマリ→なぜ沖縄だけにたくさんあるのか。(本土との比較、多い理由) 
Dテイ→基地の問題点とよい点。(事件、事故、失業、黙認耕作地、演習、もし戦争になったら) Eミカ→米軍人は何人いるか。(海兵隊、陸軍、空軍、海軍、特殊部隊など)
Fトシ→いつまで基地はあるのか。(安保条約、反対運動)

◆第九コーナー〈戦争中の遺品〉…先生

〇町教育委員会所蔵の遺品を借りて展示。

◆第十コーナー〈これからの世界〉…全員

〇平和の世界を絵に表す。
                                                                       (「黄金森」152〜155号)

8 「現地調査」 悲惨 糸数の壕、資料館 生々しい体験、

    昨日、残された班(六、八、三)が現地調査をしました。残念ながら男子は技術の工作完成で行けなくなり、女子だけになりました。

    初めに「平和資料館」に行きました。やはり、「証言」の部屋では時間をかけました。ピタッと音もなく、ページをめくる音たげでした。

    生き証人の一つ一つの証言が胸に突き刺さってきました。本土の観光客がおしゃべりをしながら足早に通り過ぎていったのにはびっくりしました。

    「糸数の壕(アブチラガマ)」に入った時は,みんなこわがっていました。それは、真っ暗闇のせいもあるが、ここで数多くの人々が死んだ場所だということでしょう。

    米軍に攻められて、この壕から出た時、動けない人が数百人置き去りにされて、そのほとんどがなくなった壕。同じ部落の人同士が一方を射殺し、一方は射殺されたということ。あるいは、知人同士が同じ目に合っていること。

    戦争は人間を狂わししまう、ということがこの壕の中で展開されていったのです。今も当時の雰囲気が体験できる「糸数の壕」でした。
                                                                                   (「黄金森」155号)

9 ご協力おねがい 次の資料・品物貸してください

    文化祭まであと9日と迫った昨日、これまでの進行様子を調べたら、平均35%の達成率でした。
そんななかで、資料がさがせなくて、進まない面があります。これまで20数冊の本の中から各自の調査に必要なところをコピーして進めています。しかし、まださがせないものがあります。

    子どもはどのくらいの人数がなくなったのか。戦争前と戦争中の生活の違い。身内を見つけることができたか。戦後使ったお金はどんなものか。

    以上のことについてお知りの方、資料お持ちの方、ご協力ください。

    お金は、生徒に呼びかけましたら、松田さんからドル通過(一ドル、25セント、5セント、1セント)を借りることができました。その他について、よろしくご協力、拝借お願いします。
                                                                                     (「黄金森」161号)

10 文化祭にゴー 清書に入って盛り上がる

     雨のため、大掃除が中止になりました。さらに、昨日から文化祭まで部活もストップして、校内は文化祭にむけて、最後き山場を迎えました。そのせいか、一組でも、一気にムードが高まってこれまで各自で調べてきたことがらを清書するための作業に入りました。

    ケン君、カオさん、ユウさん、ワカさん、テルさんは、部隊の部にでるリハーサルで不在。トモさんはかぜで休み。アツ君が早引きで不在。

    さあ、残り38人で開始です。書き方の説明をしたのに、早々に「先生」「先生」と、もう分身の術で対応したくなるぐらいでしたが、しばらくするとそれぞれの清書に熱中しました。何名かはまだ下書きの人もいましたが、大方は順調でした。

    まじめに着々とすすめる人、楽あれば苦ありでまだ遊んでいる人、性格が出ていました。

    一方、舞台は、リハーサルが行われました。一組のケン、カオの二人は吹奏楽部、ユウ、ワカの二人は新体操で、それぞれのリハーサルをしました。また、テルさんは学芸委員で、縁の下の力持ちで、諸係の一部を負担します。

    五名とも、学級の展示を準備しながらの舞台の部出演、係ですので大変でしょうが、がんばってほしいと思います。
                                                                                                  (「黄金森」165号)

11 文化祭アピール 級長 松田 尚江

    私たち二年一組は、この文化祭のために今までがんばってきました。
    残されたり、注意し合ったりもしました。でも、今となれば一つの思い出となりました。
    最初は何を展示するとか、エイサーにするとかでとても迷いました。
    テーマは「沖縄戦・戦争を理解し平和をつくろう」でみんなそのテーマに沿って今までやってきました。
    一人一人が課題をもち、一生懸命やってきた二年一組のみんなの力です。みんなの力でこんなにすごく立派に出来たのです。
    みなさん、どうぞごゆっくり二年一組の展示を見てください。
                                                                                             ( 「黄金森」166号)

12 とうとう明日 文化祭を成功させよう

    あすはいよいよ本番、昨日は仕上げの最終にむけてみんながんばりました。

── 戦死者人体略図…… 全員で描いた人体略図は、32枚もありました。教室のたてと横をはかって、32枚をつなぎました。たてに4枚、横に8枚をガムテープでつなぎました。約一時間半かかって大壁画ができました。

── 文集の四班は…… 目次を書いて最後の印刷にかかり、表紙は先生が刷って印刷終了。その後、チョウアイをして合計60冊分を揃えました。五時を過ぎていました。

※「文集」の一部はここをクリック

──そしてみんなは……教室で、班ごとに案内文字を書いたり、見出しを書いたりして各自の残りである、平和の絵を描いたりして過ごしました。

    まだ各自の課題を残している人もおり、個人差が大きく開いているのが目につきました。
                                                                                      (「黄金森」167号)

13 40周年文化祭おめでとう 「築け郷土の文化を未来のために」

    三年に一度の文化祭がやってきました。去年は体育祭で、今年は文化祭。どちらにしても最初にして最後です。

    誰も経験していない文化祭でしたから、とても困ったことが多かったでしょう。それにしても、立派にやりとげたと思います。むずかしいテーマに挑戦して立派にやり遂げました。

    じみなことでしたが、この体験は、きっと大きな財産となってみんなの心の中に残ることと思います。

    「築け郷土の文化を未来のために」このテーマはとても意味が深いのです。文化は、流行みたいに生まれて消えていくものではありません。常に、昔から受け継がれて、そして未来へ渡されていくものです。したがって、文化祭を開くことも文化の中身です。

    △△原中学校は四十周年を迎えました。そして、文化祭は十一回を数えました。この節目にこの南風原中学校にいるみなさんはとてもラッキーです。そのことを改めて感じとり、意義のある学園生活を送ってほしい、と思います。そして、何よりも、戦争のない時代に、青春を送るみなさんは、幸せを感じとることでしょう。そして、これからも平和を追求していてほしいと思います。
                                                                           (「黄金森」168号)

14 大成功第十一回文化祭終わる

    文化祭は成功のうちに幕を閉じました。二年一組の展示にも、七十近い感想が寄せられ、大成功でした。

    今日から何回かに分けてその声をお届けします。これによって、二年一組のみんなの努力の結晶がどんなにすばらしかったか、改めてわかることと思います。

(抜粋)

△ 「戦争と平和」このテーマは私たちが永遠に考えつづけないと行けない大切なテーマだと思います。すばらしい取り組みです。できたら掲示物も一冊の資料としてまとめられるといいです。ごくろうさまです。

△ たくさんの資料集め、戦争体験のないみなさんが、こうしてがんばった成果にとても感動しました。いつまでも、平和を願って、この思いを忘れないように大人になることでしょう。ありがとうございました。

△戦争の資料を集めるのに大変だったと思います。とても工夫されて上手だった。

△これだけの資料を集めるのに相当の苦労があったでしょうね。しっかり自分のものにしてほしいですね。

△二年一組のみんなはよくがんばったと思う。資料がたくさんあるし、文集も作ってあるからすごい。遺品もたくさんあった。でも、何に使うのか、どういう名前なのかよくわからないのが残念。

△戦争というのは、かなりむざんなものだったというものを知った。二十数万の死者というのはたいへんな数だった。

△読むものばかりで読むの難儀だけど、すごいためになったし、遺品はすごい。

△見学してとても胸がいたい。悲しい……。たくさんの資料、とても感心しました。特に、子どもたちが戦争で犠牲になるのがとてもやりきれないですね。戦争はどんなことがあっても絶対反対せずにはいられない。二年一組のみなさん、中身の充実した資料、大変ご苦労さまでした。感心しております。

△文集、休日利用、放課後利用という形で、実際に自分達で調べた資料、その他があって、反戦平和を肌で感じていることがよく理解できるクラスであった。展示の方法をもっと工夫すべきではなかったかな?と思う。

△戦争について理解を深める上において良かったと思いました。もう一歩突っ込んで軍事基地の設置根拠なども勉強してもらいたい。

△各部門でよく調べましたね。遺品などはいたましい思いがしました。特攻隊など麻薬(薬)を飲んでいたそうですね、と言われた時は、「現実を忘れるため?」胸のしめつけられる思いがしました。

△子どもたちで多くの資料を集めよく調べてあると思いました。地図等はもう少し字を大きく分かりやすくすると良かったです。

△戦後生まれの私でもひしひしと戦争の大変さが感じられます。みなさんの調べたことを参考にもっともっと沖縄を勉強したいです。

△第二次世界大戦のことを生徒がそんなにまで調べ上げたことに感動した。この学習を通して生徒一人一人が心から戦争は人間社会の敵だということを心から感じ、二度とあの悲惨な戦争が起きないようにしたいものです。大変すぱらしい展示でした。

△二十数万の人体を描くとは……。我がクラスでもやる予定であったが(写真だけど)時間がなかった。残念に思う。しかし、もっと見やすい工夫をしてほしかった。
                                                                   (「黄金森」169〜172号)
15 参考資料掲載「文化祭シリーズ」(1〜26)の内容
@沖縄戦の経過
A男子学徒動員「鉄血勤皇隊」
B女子学徒動員「学徒看護隊」
C太平洋戦争について
D南風原陸軍病院壕と「糸数の壕」
E日米の戦力比較
F住民の避難経路
G家系図にみる沖縄戦没者
                                                                        (「黄金森」141〜167号)
生徒の感想はここから

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