証言 10

                             デルバートマーシュ〈第6海兵隊師団)

 6月18日、戦禍も終りに近づき私たちは摩文仁の近くの真栄里にいた。夕暮れの迫る中、私たちは丘の上から小さな窪地を見ていた。そこには薪が焚かれていて何人かの民間人がその周りを囲んでいて修道女のような格好をした人が二人いた。彼らは生きるためにできる限りのことをしていた。

    そこに二人の日本兵が現われ、修道女を叩いてその服を取り上げて軍服の上から着たのである。修道女には何のお礼もなかった。

 この二人の日本兵は私の射撃範囲外にいたので何もすることができなかった。二人の日本兵は私たちのほうに向かって登ってきた。その頃にはもう日は沈んで暗くなっていた。私はしばらくして照明弾を打ち上げるように言った。しかし何の返事もなかったので少々気になり始めた。薪の残り火が私のほうに向かってくる二人の日本兵をぼんやりと映した。

   その時私は二発の銃声を聞いた。私と一緒にいた誰かが手を下したのだと思う。しかし私は修道女の格好をした二人を撃つべきかどうかとても迷った。敬虔なカトリック信者の私には難しいことであった。

 ある時、我々は小さな村で山羊のような四角い髭をたくわえた背の低い老人に出会った。彼は医療隊員の手さげ鞄にある赤十字のマークを指さし、片言の英語を話した。老人は孫娘を助けてほしいと医療隊員に言った。

    彼女は通りにある仮ベッドの上にいて分娩が始まっていた。蝿を追い払うと赤ん妨の首の周りにへその緒が絡まっているのが分かった。医療隊員は赤ん坊を押し戻してから首に絡まったへその緒をはずすために赤ん坊の体を回した。その後、分娩はスムーズに運んだので産婆さんが引き継いだ。この間ずっと、若い母親は弱音をはいたり泣いたりしなかった。

    老人はお礼だといって小さなスーツケースに半分ほど入った日本円を差し出した。医療隊員は丁重にその申し出を断り、我々は隊に追い付くために大急ぎで進んだ。
 
                                                                    『15年戦争の証言』(沖縄県)

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