沖縄戦から敗戦・米軍支配へ                     沖縄戦の経過地図へ

1945年(昭20)
3月23日
▲米軍機動部隊、沖縄本島に艦砲射撃開始
△一高女、南風原陸軍病院に配属
3月24日
△県立二高女、第二四師団第一野戦病院本部 に配属
3月25日
△県庁、首里城内の軍司令部地下壕に移転
▲第三二軍、甲号戦備(戦闘準備)を下令
▲第十方面軍及び連合艦隊「天一号作戦発動
3月26日
▲米軍、慶良間諸島に上陸「集団自決」起こる。
▲英艦隊、先島へ艦砲射撃開始。
△県立三中、開南中、農林、各軍部隊に配属。
△県立三高女配属。
3月27日
▲南西諸島全域に艦載機の空襲、沖縄本島、久米島、大東島に艦砲射撃。
▲航空特攻隊が九州方面から飛来、慶良間周辺の米艦隊に自爆攻撃開始。
県立首里高女石五三二五部隊に配属。
3月28日
海上挺進隊出撃:渡嘉敷島で「 集団自決」。
昭和高女第六二師団に配属。
県立一中、通信部隊として球一八八三〇部隊に配属。
3月29日
米機動部隊、九州方面に空襲。
県立一中、工業生、球九七〇〇部隊に配属。
女子師範、陸軍病院に配属。
慶良間諸島全域占領され、沖縄本島上陸作戦の補給基地となる。
3月30日
第32軍軍(第32軍)、北、中、南飛行場を破壊
米軍、神山島に重砲陣地を構築 、首里城の守備軍司令部壕を砲撃。
3月31日
沖縄本島へ一日数千〜三万発の艦砲射撃続く。                 
積徳高女、第二四師団に配属。
市立商業生独立歩兵第二二大隊に配属。
男子師範、軍司令部直属として配属。
4月 1日
米軍、沖縄本島へ上陸(読谷・北谷海岸、兵員約一八万三千人)上陸兵士具六万。北・中飛行場占領。
▲米軍はニミッツ布告第1号を公布、海軍軍政府を設置占領行政開始(4日説)
4月2日
▲第十軍より攻撃指示。第三二軍、4/6まに攻撃と決定。
4月3日
米軍、普天間まで南下、第三二軍一線部隊と対峙
4月4日
▲第三二軍攻撃計画を中止
米軍、石川を制圧し、本島を南北に分断
4月5日
▲賀屋支隊主陣地を後退
米軍、宜野湾で守備軍主陣地に攻撃開始、約一ヵ月の戦闘
県立水産生、北部守備隊に配属。
4月6日
米軍、名護に進出:
▲軍は4/8攻撃の命令を下達
日本軍第1次航空総攻撃(「菊水作戦」第5次まで)
4月7日
▲再び攻撃計画を中止
▲米軍宜野湾八五高地を奪取
4月9日
嘉数高台で激戦〜14日
▲神山島に奇襲攻撃実施
4月10日
▲4/12夜間攻撃を計画、命令を下達。
▲米軍津堅島を占領
4月11日
那覇方面へ進攻
4月12日
第32軍総攻撃失敗、
「菊水第二号作戦」失敗。米軍、辺戸岬に進出
4月13日
▲前夜からの攻撃失敗。攻撃を中止
▲第
32軍、戦略持久の作戦方針決定
4月15日
▲与那原海岸強化のため歩兵八九連隊を運玉森に配備
▲米軍水納島に上陸
4月16日
米軍、伊江島を占領、「集団自決」発生
4月19日
▲米軍第一次攻撃
4月20日
▲浦添伊祖高地占領される
4月
21日
▲六四師団伊祖高地に夜襲。第三二軍嘉数高台から撤退。伊江島守備隊玉砕。
米軍、南北大東を砲撃。
4月22日
▲六二師団第一線両翼危機迫る。
▲二四師団、四四旅団の主力を増援決定
4月24日
第三二軍第一線部隊、仲間、前田、幸地の線まで後退
首里周辺の非戦闘員に南部への移動命令がでる。
4月25日
県庁、繁多川の警察部壕へ移動
4月26日
鈴木首相「沖縄現地軍官民に告ぐ」を放送
4月27日
▲二四師団、四四旅団移動完了
県、戦場での住民指導を協議(市町村長 ・警察署長合同会議)
4月28日
第三二軍全線で米軍の猛攻をうける。牧港飛行場占領さる
第二四師団、独立混成第四四旅団、首里戦線に移動
4月29日
▲三二軍、主力をもって5/4から攻撃に移ることを決定
4月30日
▲軍の攻撃のため命令下達
5月3日
▲東西海上より船舶工兵による逆上陸実施
5月4日
▲軍主力(二四師団)による攻撃開始
5月5日
▲二四師団の攻撃失敗
5月 6日
▲三二軍攻撃を中止、防禦戦に入る
県庁、知事を長とする沖縄県後方指導挺身隊に改編
5月8日
首里西方の52高地(シュガーローフ)の戦闘はじまる〜18日
5月9日
首里地区の攻防戦〜23日
5月10日
石川収容所で、学校石川学園開校。
▲六二師団、前田・仲間高地から撤退
米軍、伊江島に出撃基地を作る。
5月11日
▲米軍第二次攻撃
5月14日
▲六二師団、経塚より首里に後退
5月18日
▲四四旅団、安里北方より後退
5月21日
▲雨乞森・大里城址陣地壊滅
5月
22日
米軍、西から那覇に東から与那原に進攻。
第32軍全軍を喜屋武半島に撤退させ、持久戦続行の作戦方針を決定:。
     (残存兵力約四万人(五万人説)
5月23日 
負傷兵、弾薬の移動開始。(〜30日まで三二軍主力部隊撤退完了)
 5月24日
県庁、東風平村志多伯に移動。
義烈空挺隊、北・中飛行場に特攻玉砕。
「沖縄新報」発行停止。
米軍、那覇市を占領。
5月25日
▲六二師団、首里北方戦線より後退開始。運玉森占領される。
大本営、沖縄作戦に見切りをつける
5月27日
第三二軍司令部、津嘉山へ撤退
5月29日
▲二四師団、四四旅団主力撤退開始
▲米軍一部首里に突入
5月30日
▲第三二軍司令部摩文仁に後退
5月
 31日
▲二四師団四四旅団残置部隊首里を撤退
米軍、首里地区を完全占領。
6月1日
▲米軍、国場川に進出
6月2日
宮古・八重山の各部隊、戦闘準備のため住民をマラリア地帯の山地に強制疎開させる。
6月3日
県、後方指導挺身隊解散
6月4日
第三二軍喜屋武半島撤退を完了、最後の抵抗線を構築。(八重瀬岳−与座岳−国吉−真栄里線)
▲米軍、小禄海軍正面から上陸
米軍、伊平屋島を占領。
△白梅学徒隊に解散命令。
6月5日
米軍、南部戦線を攻撃開始
6月6日
米軍、小禄(那覇)飛行場を占領。
▲具志頭方面で戦闘開始
海軍部隊全滅大田司令官自決
6月 9日
米軍、粟国島を占領。
6月10日
米軍戦車隊、守備軍の防衛戦を突破
6月11日
▲海軍主力玉砕
バックナー軍司令官、牛島軍司令官に降伏勧告。牛島司令官無視する。
6月12日
▲二四師団正面戦闘開始
6月15日
全線に米軍投入
▲六二師団、摩文仁方面に向かって攻撃
6月16日
米軍、与座岳占領
6月17日
▲六二師団、摩文仁北方にて激戦、最後の戦闘となる。
米軍、国吉−与座岳−真栄平−仲座の陣地線突破
6月18日
牛島司令官、第十方面軍司令部へ訣別電を打つ。
バッグナー軍司令官戦死。
6月19日
牛島司令官最後の軍命を発し指揮を放棄。
各参謀任務を受け壕を脱出
司令部付き学徒隊に解散命令、ゲリラ戦に移行。
米軍、日本上陸作戦を決定。
6月21日
第24師団玉砕。
米軍、七九高地、八一高地、摩文仁が丘を占領。
 ニミッツ総司令官、沖縄作戦の勝利を宣言。
6月22日
▲大本営、沖縄作戦の組織的戦闘終結を発表。
 米軍掃討戦開始
 6月23日
牛島軍司令官、長参謀自決(22日説も)。
6月24日 
米軍、久米島に上陸
6月27日 
海軍守備隊による連続住民虐殺事件おこる。(久米島、8/18までに五件二十名がスパイ容疑で殺害される)
6月30日 
米軍、掃討作戦を終了
7月 2日 
米軍、琉球作戦終了を宣言
                        沖縄の動き                          日本・世界の動き
▲米軍「うるま新報」を発行(7/26)
▲米軍政府教育部に沖縄教科書編集所設置 (8/1)
▲軍政府の招集による諮詢委員会の設立について協議(8/15)
▲諮詢委員会の委員選出(8/20)
▲国頭支隊投降(8/20)
▲渡嘉敷の赤松隊投降(8/24)
▲宮古島守備隊戦闘停止(8/25)
▲国吉台地の歩兵第三二連隊投降(8/29)
▲第一回諮詢委員会(委員長志喜屋氏)
▲琉球列島守備軍(先島・奄美群島司令官代理 ) 、米軍司令部で降伏文書に調印(嘉手納9/7)
▲収容キャンプから旧居住地への移動始まる (10/31)
▲先島に南部琉球米国海軍軍政府設置され軍政がしかれる(12/)
1946年(昭21)
▲連合国総司令部(GHQ)「若干の外郭地域を政治上、行政上、日本から分離することに関する覚書」を発表(1/2)
 ・アメリカ軍単独の沖縄占領を追認(「ニミッツ布告」の固定化)
▲沖縄中央政府(12/1に沖縄民政府と改称)設置、沖縄議会、市町村長、市町村議会を設置 (4/24)
▲本土から第一回引き揚げ船が入港(8/17)
▲第一回学童疎開引き揚げ船が入港(10/5)
1947年(昭22)
▲沖縄全島で住民の昼間通行許可 (3/22)
1948年(昭23)
▲「琉球列島における当面の主体」(軍第13号)を発表(5/29)
▲第三次通貨切替え(日本円を軍票B円に統一)(7/16)
1949年(昭24)
▲沖縄軍政府新設(4/11)
1950年(昭25)
▲沖縄群島政府を発足(11/4)
▲琉球軍政府を琉球列島米国民政府と改称 (12/15)
1951年(昭26)
▲琉球臨時中央政府発足(奄美・沖縄・宮古・八重山の統合)(4/1)
1952年(昭27)
▲琉球政府発足〈首席は米国民政府の任命〉(4/1)
▲サンフランシスコ講話条約発効により南西諸島米軍統治下に入る。
▲小磯内閣総辞職(4/5)
▲政府、「国民義勇隊」結成を決定(4/13)
▲文部省、「戦時教育令」を公布(5/22)
▲「戦時要員緊急用務令」(5/24)
▲「戦緊急措置法」(6/22)
▲ドイツ降伏(5/7)
▲「国民義勇隊法」成立(6/13) 〈大政翼賛会発展的に解消〉
▲政府「国民義勇兵役法」を公布施行(6/22)
 (男子15歳〜60歳、女子17歳〜40歳の兵役動員法)
▲「戦時緊急措置法」公布(6/22)施行(23日)
▲ポツダム宣言発表(7/26)
▲広島に原爆投下(8/6)
▲ソ連参戦(8/8)
▲長崎に原爆投下(8/9)
▲御前会議、四条件(国体護持以下)のポツダム宣言受諾を決定(8/9)
▲御前会議、一条件(国体護持)で受諾決 定発表(8/10)
▲御前会議、ポツダム宣言受諾を発表  (8/10)
▲日本無条件降伏(8/15)
▲日本政府、米艦ミズリー号上で降伏文書調印(9/2)

















1952年(昭27)
▲サンフランシスコ講話条約発効 (4/2)

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