十五年戦争とその背景

△1920年代の中国
 (1) ナショナリズムの台頭
 (2) 国家統一への内戦
  @ 軍閥の争い
  A 国民革命軍と中国共産党
        ↓
 (3) 主な論争
  @ 「満蒙は放棄せよ」(石橋湛山・1921年)
  A 「内政不干渉、米英協力」(若槻内閣の幣原外相・1924年)
  B 「強硬外交」(田中義一)
  C 「満蒙は日本の生命線」(松岡洋右)
△1927年(昭和2年)
 (1) 田中義一〜若槻内閣を倒し、首相兼外相となる。
 (2) 山東省出兵(6/28)
  @ 表向きは支那武力衝突の予防と日本人の保護
  A 真のねらいは国民革命軍の北上阻止と張作霖支援
 (3) 東方会議(6/27〜7/7)「対支政策綱領」
  @ 満州・蒙古は支那本土とは別で、日本は特別な利益と権利をもつ。
  A 北方軍閥のような地方政権とも適当に付き合う。
  B 反日勢力の弾圧と日本の権利・利益が侵害された時の取り締まりは、断固として行う。
       また、権利と利益の侵害のおそれがある時でも、断固自衛の措置をとる
           →後の対中国政策の基本となる。 →中国では対日排斥運動
△1928年(昭和3年)
   (1) 4月・5月〜二度にわたって山東省出兵
      ↓
           国民革命軍(蒋介石)と衝突(済南事件)
           張作霖は国民軍に逃げ込む
   (2) 張作霖爆死事件(6/4) 
  @ 張作霖への見切り
  A 混乱を生じさせ、一気に支配拡大をねらう
 (3)張学良
  @ 国民政府の下にはいる。
  A 満鉄計画を破棄 
 (4)満鉄経営難(新鉄道、新港湾、輸送量の低下等)
 (5) 「治安維持法改悪」緊急勅令(3月)
△1929年(昭和4年)
 (1) 「不戦条約」可決(6/20)
 (2) 田中内閣総辞職(6/26) 

△1929(昭4)…教員、師範生の社会科学研究会弾圧(沖縄)

         日 本 の 動 き           沖 縄 の 動 き
1931年(昭6)
▲満州事変起こる(柳条湖事件)(9/18)
@関東軍の野望拡大←「関東軍に賜りたる 勅語」(1/8)
A4日間で南満州の主要都市を占領
B8か月間で全満州の主要都市を占領
C国民軍の消極対処←中国共産党との闘争重視
D15年戦争の始まり
   「溥儀を頭首トスル支那政権ヲ樹立・・」(関東軍司令部・9/22)
1932年(昭7)
▲満州国の樹立(3/1)
▲国際連盟のリットン調査団入る
▲エリート軍人によるクーデタ運動→右翼と の癒着強まる(井上日昭)
 (三月事件・十月事件等)
▲5・15事件
@犬飼首相撃たれる
A政党内閣の終わり(8年間)
▲日本、満州国承認し、「日満議定書」を結 ぶ(9/15)
▲リットン調査団報告(9/30)
1933年(昭8)
▲日本、国際連盟を脱退
1936年(昭11)
▲2・26事件
@統制派と皇道派(反政党内閣、反財閥、反軍閥)
A軍部の強大化
1937年(昭12)
▲支那事変起こる(蘆溝橋事件) (7/7)
@宣戦布告なき戦争
A戦線拡大政策→中国湾岸部の主要都市と鉄道を占領
B1938年以降〜日本軍の拠点は点と線(都市と線路)←中国の徹底抗戦
▲8年間にわたる日中戦争
@南京大虐殺〜三十万人(中国資料)
A三光作戦
B毒ガス戦・細菌戦・人体実験=もう一つのアヘン戦争
Cうさぎ狩り作戦「華人労務者内地移入に関する件」
 ・四万一七六二人(下関・門司港)
D強制連行〜八十万人以上(政府統計による算出)
E朝鮮では、志願兵募集→総督府の募集狩りだし→徴兵制(1944年)
F朝鮮人慰安婦の徴用
 ・「二千人人を供出せよ」西部軍司令部から山口県知事へ(1943年)
 ・約10数万人
1938年(昭13)
▲「国家総動員法」成立(4/1公布・5/5施行)
1939年(昭14)
▲「国民職業職業能力申告令」(1/7)
▲「国民徴用令」(7/8)
▲日本、日米通商条約破棄(7/26)
▲「興亜奉公日」決まる(9/1)
▲第2次世界大戦始まる(9/3)
▲「総動員物資使用収用令」(12/16)
▲この年、十五万人満州開拓移民計画
1940年(昭15)
▲日中戦争南進決定(7/27)
▲北部仏印進駐(9/23)
▲日独伊三国同盟(9/27)
▲大政翼賛会の発足(10/12)






1941年(昭16)
▲日ソ中立条約(4/13)
▲治安維持法二次改悪(6/)
▲対ソ戦のため北方大動員決定(7/5)
▲南部仏印進駐(7/28)
▲米、対日石油禁輸(8/1)
▲東条内閣成立(10/18)
▲「国民勤労報国協力令」(11/22)
▲御前会議で対英米蘭開戦決定 (12/1)
1931年(昭6)
▲沖縄教育労働者組合結 成(1/)弾圧を受ける(2/)








1932年(昭7)
▲石垣登野城小学校教員十名、左翼運動のため検挙される(12/)










1933年(昭8)
▲小禄、石垣に海軍飛行場を建設
▲八重山義勇隊編成




1937年(昭12)
▲沖縄県防空委員会規定告示される(9/ )























1938年(昭13)
▲国民精神総動員沖縄県実行委員会開催される(10/)
1939年(昭14)
▲この年、教員の大異動行われる(山口旋風)






1940年(昭15)
▲沖縄県国民思想指導者会議開催(5/15)
▲国民精神総動員沖縄県本部新設(5/26)
▲大政翼賛会沖縄支部発会式 (12/10 )
▲県、「沖縄県教育者信条」を定める
 (12/12)
 ・皇国道ノ修練、聖旨奉戴、興亜聖業ノ翼賛、安全保護を強調
▲県内新聞は統合され「沖縄新聞」として一県一紙となる(12/20)
▲標準語論争
1941年(昭16)
▲強歩鍛練会(女師、一高女、) (1/22)
▲制服がセーラー服からへちま襟に変わる
 (4/)
▲髪形も学年別になる(4/)
▲中城湾、舟浮湾に臨時要塞建設 (8/)

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