大滝ダム地すべりについては国土研で自主調査をおこない,その成果は「国土問題」68号に掲載しています。その後
地すべりのために移転を余儀なくされた住民の一部が損害賠償を提起。費用的に国土研の新たな調査として取り組む
ことが困難なため,国土研自主調査団のバックアップを受けた奥西と,大阪市立大学名誉教授の高田直俊さん(土質
力学)がボランティア的に原告・弁護団をサポートしてきました。
被告国交省はこの地すべりは初生地すべりであり,初生地すべりは予見が困難だとの一般論を全面的に押し出して
賠償請求棄却を求めましたが,住民側は国土研調査結果など具体的な資料を提出して予見はできたと主張して来まし
た。一審判決は,かなり詳細な調査がされていたので,予見不可能とは言えないと判断しましたが,補償すべき被害
は起きていないとして,損害賠償は認めませんでした。控訴審では,国側が「地すべり」の定義を手前勝手に定義し
て,かなり無理な論理構成で予見不可能を主張してきたのに対し,住民側は地すべりの定義論争に巻き込まれること
を避ける意味からも,住民の生活を不可能にする「災害リスク」として,国側が定義するような「地すべり」だけで
はなく,「地盤変状」を問題にすべきであり,地盤変状は過去においても起こっており,大滝ダムの試験湛水によっ
て「地すべり」に発展するような地盤変状が起きたと主張してきました。これは多分に高田名誉教授の,吉岡・和田
論文をふまえた白屋地区における地盤災害史の考察に基づくものですが,控訴審では国土研調査団の成果を引用する
ことを控えめにして,この主張を前面に押し出してもらいました。その直接の成果は控訴審判決文の中では目立ちま
せんが,「(地すべり)の対策も必ずしも地すべりそのものを防止する対策である必要はなく,付近住民に危険が及
ばない対策で足りるものである」という認識(控訴審判決15ページより引用)に結実したと言えます。これは「ダム
地すべりを防止することが対策のすべてであり,防止できなければ致し方のないこと」という,国交省の基本的な考
え方を否定し,防災対策のあるべき姿を示したという点で,画期的なものではないかと思います。
以下はこれに関する私の感想と国土問題研究会の大滝ダム地すべり自主調査に参加された一会員のコメントです。
奥西の感想:(関係者に送ったメールより)
(1)判決主文については,原審の地すべりは予見可能であったとの判断を支持し,原審で否定された損害賠償を一部認めたもので,控訴人=住民
にとっては半歩前進と評価されます。
(2)事実関係の認定に関する原審判決を若干修正していますが,その中で注目されることは,被控訴人=国交省がもっぱら「地すべり」を問題に
したのに対し,控訴人は地盤変状を問題にしたことです。原審では間を取って「地すべりや地盤変状」という表現をしていますが,控訴審では微細な
修正に留まるとは言え,高田直俊先生の意見をいれて上原弁護士が強調された,地盤変状を問題にすることの意味をしっかり受け止めています。
このことは次に述べることの伏線として大きい意味を持っていると思います。
(3)災害とは人の生活や生業が外的原因で阻害されることであり,防災とは人の生活と生業を守ることである,という趣旨は高田先生と私が控訴
人側の協議の中で述べてきたと思いますが,弁論の中でそれを積極的に主張すべきだとは言わなかったように思います。しかし,判決文の15ページの
(5)ではその趣旨がかなり明確に述べられ,損害賠償を少しだけ認める根拠になっています。
いっぽう,国交省は地すべりによってダムを運用できないことと地すべり斜面の土地利用が不可能になったことが災害であり,生命と財産に被害が
ない限り,住民は被害を受けていないとの認識に立った主張をしていました。国土研の調査報告ではダム湛水域の住民の安全の問題とダム下流域
の住民の安全の問題の両方を扱っていましたが,「地すべり」という枠組みを十分批判できていませんでした。控訴審では,本件訴訟はダムの運用は
関係ないと割り切り,もっぱら被害を受けた白屋地区住民の生活と生業に焦点を当てたことは,当然とはいえ,これまでこの種の訴訟にはなかった
新しい観点ではないかと思います。私は正直びっくりしました。
このような観点を持たなければ,東日本大震災と原発災害,あるいは八ッ場ダムの地元住民が悩んでいる問題を正しく受け止めることができない,
ということも間違いないことでしょう。この判決が東日本大震災などををふまえたものであるかどうかは直接の証拠がありませんが,災害と防災の歴史の
中でこの判決が画期的な意味合いを有していると言うことは間違いのないところだと思うし,今後そのような評価がますます高まって行くように予想して
います。
(4)「地すべりの予見性」という,国交省が裁判所に判断を迫った問題に関しては,「かわした」と評価すべきかも知れません。私は正直がっかり
しました。しかし,司法として,法律論の枠の外に出て不慣れな科学論争の渦に身を投じることを避け,あくまでも法曹として判断可能な範囲に限定して
「予見不可能とは言えない」との判断を下したことはひとつの識見かも知れないと思います。
国土研調査メンバーの補足コメント:
一審(原判決)を読んでいませんし,判決文そのものになじみがなく,十分読みこなしておりません。争点1の部分のみについて,理解した範囲での
感想を申し上げます。
(a)判決は,結果的に地すべりで住民に被害があった点を出発点にしており,評価できると考えます。
(b)国側と“地すべりを予測できた,できない”の議論に終始する“ガチンコ勝負”より,広い視点で判断していると思います。
(c)「転住なども含めて,被害防止の対策はとれる,とるべきである」の裁判所の見解は重要だと思います。
(d)結論15p(6)でダムが通常有すべき安全性を欠いている。設置または管理に瑕疵があった,との見解は,今後のダムの運用について大きな
制約であり,ダム政策への警鐘と思います。
(e)地すべりの危険性を指摘していた専門家の存在はおおきく評価しています。